#14『薄明』第三章:深淵④
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「……え?」
茉莉の言葉が俄には入ってこなかった
……何を言われた?
離れた方がいい?
「……。どういう…意味でしょうか」
私は眉をひそめて茉莉に問いかける
茉莉は私の方は見ずに、自分の重ねた手を生気のない目でじっと見つめている
「その通りの意味よ。
お父様とお母様を事故で亡くした櫂が、引き取って面倒を見た私の父に恩義を感じているのはとてもよく分かってる。
でも、もう、いいと思うの。
もうすぐ…20年よ。
私に縛られることなんてない。
あなたはもうとっくに、うちから出たって1人で十分生きていける。
…私、稜真さんと結婚したら、やっとあなたを解放してあげられると思っていたの。
やっと…あなたを私から、自由にしてあげられるって……
でも……このままでは…
私、あなたを一生縛ってしまう」
「……何を…、、お嬢様」
「私はきっと誰からも愛されない。」
茉莉はその目に涙をいっぱいに溜めて、真っ直ぐに私を見据え、震えて告げた
「だから、離れて。ここにいてはだめ。
櫂、あなたは、だれかと幸せにならなきゃいけない─そうなって欲しいの」
──
視界から色が消える
「………は…?……どうしてそんなこと…突然…」
頭の内側で、誰かが鐘を鳴らしている。
聞こえないはずのその大きな音がガンガンと響いている
「突然じゃないの。ずっと、
ずっと思ってたことなの」
茉莉が本気で言ってることが、伝わる
「なぜ……どうしてそういうことになるんですか…」
誰からも愛されない?
私が……
こんなにも
こんなにも、
愛してるのに?
ぶるぶると手が震える
鐘の音はますます大きくなる
(…言ってはいけない)
「お嬢様…」
「お願い、櫂。同じ事があれば私はまたあなたに甘えてしまう。また、あなたを犠牲にしてしまう。何も…返せないのに…!」
言ってはいけない
「甘えればいい、それでいいじゃないですか!
何も返してくれなくてもいい…!
……違う、そうじゃない…なぜ、愛されないだなんて、私が」
だめだ
言うな
言ってはいけない
「……っ…私が……」
──やめろ───!
「あなたをこんなにも、
……愛してるのに!!」
しまった──!
自分が口にした言葉に、ザァッと血の気が引いていく。
「……あ……、」
片手で口を押さえガタッと椅子を鳴らして後退りする。
愛している、と告げることは、この場所を、この関係を、自ら壊し、葬り去ることに他ならない。
自分はそれを恐れて今までずっと
ずっと隠してきたのに
それなのに
それなのに──言ってしまった。
──茉莉は、雷に打たれたように目を見開いたまま石化したように固まっていた。
重苦しい静寂が部屋を満たし、カチ、カチ、と、柱時計の音だけが響いている
彼女は一度、逃げるように視線を斜め下へと逸らし、自分の右腕を左手でぎゅっと掴みながら言い聞かせるように、言葉を絞り出した
「……何を、言ってるの。…櫂」
「…………」
「…違うわ…、分かってる
……あなたが私を大切に思ってくれているのは…
……小さい時から、ずっと私の面倒を見てくれたもの……
でも…だから…
……それは、家族の愛よ。
お父様が私を愛するように、あなたも私を愛してくれた
……それと……同じよ…
稜真さんとは…違う……」
「家族?」
思いもよらない言葉に櫂は思わず耳を疑った
嘯く彼女の横顔を、櫂は絶望の淵から見つめた。
心臓を、生のまま握り潰されたような衝撃。
死ぬ思いで晒した魂を、彼女は「家族愛」という綺麗なかさぶたで、無理やり覆い隠そうとしている。
なるほど
「家族」という仮面を被り、完璧に振る舞ってきた自分の努力が、ここにきて実を結んでいるわけか
いや……違うだろう
彼女はわかっているのだ
長い間、この人のそばで汚らわしい情愛を隠しながら自分を殺して、殺して、ただの「家族」のふりをしてきた。
その演技があまりに完璧だったから、わざと彼女はこうして今、笑えない冗談だと切り捨てるのだ。
だが
あなたが「離れろ」と言うのなら
もう、この仮面を被り続ける必要がどこにある──?
「…は…っ…
家族か……
そうですね、家族は……」
私は唇を震わせながら天井を仰いで恐ろしく冷たい声を発した
「……『家族』とは、眠っている貴女を犯したい、と…願うものですか?」
「…… 櫂、……」
茉莉の顔がみるみる青ざめていく
「この腕が貴女を壊してしまわないか、……そんな自分を、何度……何度…殺してきたと…………」
ガタッ、と椅子が倒れる。
逃げようとした茉莉の細い手首を、櫂は逃がさなかった。
そのまま彼女を壁際へと追い詰め、逃げ場を塞ぐように、その身体を壁に押し付ける。
「…………っ」
「これが家族ですか。
──家族が、こんなことをするとでも?」
茉莉の瞳に、明らかな恐れを見た
「……、…!!!」
──刹那
茉莉の手首を押さえつけながら衝動のままに櫂はその唇を塞いだ
肩が細かく震え、呼吸が浅くなる。
(……そうだ。それでいい)
(怯えればいい。俺を、化け物を見るような目で見るといい)
軽蔑し、憎悪し、恐れ蔑んで、この部屋から自分を叩き出せ
そうでなければ、……そうでなければ、
あなたのそばから離れることなんて
………出来ない
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この回書くのすっごく難しくて大変で辛かったー🥺
