#24『薄明』第5章泡沫の蜜月②
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あの雷雨の日、櫂と結ばれてから、茉莉にとっては想像もしていなかった甘い日々が始まった
まず朝だ
キッチンに立つ櫂はシャツのボタンを二つほど外し、袖をラフに捲り上げている。
パタパタとスリッパの音がして、着替えを終えた茉莉がリビングに現れた。
「おはよう、櫂」
「おはようございます、茉莉」
振り返った櫂の瞳に茉莉への愛しさが零れ落ちそうに宿っている
彼は調理の手を止めると、吸い寄せられるように歩み寄り、当然のような所作で茉莉の腰を引き寄せた。
「……っ、ちょっ…と…櫂?」
驚く茉莉の唇に、櫂は挨拶代わりの甘い口づけを落とす。
一度離れても、名残惜しそうに指先で彼女の唇をなぞり、今度は額に、次に頬にと、好きがあふれてたまらないように柔らかなキスを繰り返す。
「ん…ちょっ…、おはようのキスにしては、長くない?」
茉莉は赤くなって戸惑う
「これでも、かなり自制しているつもりですよ。本当ならこのまま抱きつぶしてどこにも行かせたくないくらいです」
そう言って、彼は困っている茉莉の髪の毛を優しく撫でると、食卓の椅子を引いて座らせた。
テーブルに並んだのは、彼女の好物を揃えたヘルシーでカラフルな朝食。
けれど、席についても櫂の視線は料理ではなく、ずっと茉莉の顔に固定されている。
「……ねえ、食べないの?
そんなに見られていると食べにくいんだけど…」
「食べていますよ。……貴女が、そうやって美味しそうに食事を運ぶ唇を眺めながら」
「……っ」
茉莉が思わずフォークを止めると、櫂はさらに距離を詰め、彼女の目を見つめながら低く囁いた。
「ベッドで私の名を呼んでいた時と同じ唇だ……そんな顔をされると、また自制心がどこかへ行ってしまいそうになる…」
「か、櫂、お願いだから朝からそんなこと言わないで!」
顔を真っ赤にして、耳まで林檎のように染める茉莉を見て、櫂は愛しそうに目を細め、茉莉が可愛くてしょうがないという顔をしている
今どきの恋愛のような軽やかさは微塵もない。
約20年の重みを乗せた男の、全力の「デレ(重め)」である。
「もう、コーヒー冷めちゃうわよ」
「温め直します。……貴女が、もう一度キスしてくれるなら、ですけど」
「〜〜〜!……もう勝手にして!」
万事がこんな感じで、茉莉は降参、と言わんばかりにタジタジになってしまう
(櫂って、こんな人だったんだ…)
いつも無表情でクールだった櫂が
自分と気持ちが繋がったと知るやいなや、こんなにも甘く情熱的になるとは思ってもいなかった。
また櫂にしてみれば、長年気持ちを抑え、罪悪感に苦しんできた日常が、愛し愛される奇跡の日々になったわけで。
それがこれほどまでに1日1日を薔薇色に彩るとは思ってもいなかった
夜は夜で櫂は懸命に自分を律するのだが、茉莉の何気ない仕草にも理性が揺らぐ
とにかく茉莉に触れていたい
毎日のようにガツガツ求め、茉莉の負担になってはいけないと思いながらも茉莉を抱きたくてたまらない
バスルームから戻ってきた茉莉が、リビングで髪のタオルドライをしていると、ソファから立ち上がった櫂は
「…ドライヤー、私にさせてもらえませんか」と頼んだ
「えっ、いいけど…でも、結構時間かかるのよ?」
「構いません。貴女のその美しい髪に、今、私が触れたいんです」
本当はそのうなじに、その背中に、触りたい、抱きしめたいと思うが、せめてもの櫂の譲歩だった
「じゃあ、お願い」
ドライヤーの低い音が、静かなリビングに響き始める。
櫂の大きな手が、濡れて重たげな黒髪の間に滑り込む。熱風に混じって、茉莉の体温とシャンプーの香りが立ちのぼり、想像以上に櫂の理性をじりじりと削っていく。
(これはまずい…。
この前はこの髪を指に絡めて……)
不意にあの夜の光景が脳裏をよぎり、櫂の喉仏が大きく動いた。
一度知ってしまった「その先」への欲求が、腹の底で熱く疼く。
やがて髪が乾ききり、ドライヤーの音が止まった。
ふいに訪れた静寂。
「ありがとう、櫂。助かったわ。大変だったでしょ」
茉莉が振り返ろうとした瞬間、後ろから回された逞しい腕に、強く抱きすくめられた。
櫂は彼女の肩に深く顔を埋め、深呼吸するようにその香りを吸い込む。
「……、櫂……?」
「……すみません。本当は、髪を乾かすだけで終わらせるつもりだったのですが。……全然、足りなかった……」
耳元で響く、低く切羽詰まった声。
櫂の手が、茉莉の細い指先を絡め取り、手の甲に何度も深く、熱い口づけを落としていく。
「……。疲れさせてはいけないと分かっているのに、貴女がそこにいるだけで、我慢出来なくなる。
……今夜…だめですか…」
まるで叱られた大型犬のようにしおらしい
「……。」
茉莉はその姿に胸がキュンと締め付けられる
「嫌だと言われても、もう、一人で寝かせるつもりはありませんが……」
冗談めかしてはいるが、瞳の奥にある熱は伝わってしまう
茉莉は彼の胸に背中を預けたまま、戸惑いつつも抗えない幸福感に瞳を閉じた。
主従という壁を壊した先に待っていたのは、想像以上に甘く、そして息が詰まるほど情熱的な、蜜月の始まりだった──
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あらあら♡
