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#45『薄明』第9章:楽園②

前回のお話はこちら


愛し合う2人がモルディブの楽園で過ごす日々は、瞬く間に過ぎていった。

朝はアラームをかけず、差し込む太陽の光と波の音で目覚め、どちらからともなく睦み合う。

昼はエメラルドグリーンの海で泳ぎ、白い砂浜を散歩しては、木陰で本を読みながらうたた寝をする。

地元のマーケットへ出かけて南国の食材を買って料理をしてみたり、色鮮やかな手作りのアクセサリーを選んだり、自転車で島を風のように駆け抜けたりした

そして夜は星空の下で心の赴くままに肌を重ねる

仕事の重圧も、稜真の影も届かないこの場所で、二人はただの男と女として、一分一秒を大切に、慈しむように重ねていった。

​そしてついに迎えた最終日の夜。

あっという間に過ぎ去った日々を惜しみながら、2人は​テラスのカウチに並んで座り、こぼれ落ちそうな星空を仰いでパイナップルやライチをつまみつつ冷えたシャンパンをゆっくりと味わっていた。

話題は自然と、離れていた3ヶ月のことについて触れていく。

​「……ねえ、櫂。あの三ヶ月間って……大変だった?

 お父様の元で、きっと想像もできないくらい過酷だったのでしょう?」

​茉莉が櫂の大きな手に自分の手を重ね、櫂の顔を見ながら穏やかに尋ねる。

櫂は一瞬、あの修羅場のような役員会や、深夜まで数字と格闘した孤独な夜を思い出した。  

​「そうですね……。正直に申し上げれば、死に物狂いでした。
数万人の敵を一度に作ったようなものですから。ですが……」  

​櫂は茉莉の指に自分の指を絡め、熱い吐息をつく。

​「……何より辛かったのは、あなたに会えなかったことです。
あなたの体温を感じられない夜は、どんな仕事よりも過酷でした。
……ですが、その対価としてこの日々があるのなら、私は何度でもあの地獄へ戻れますよ」

茉莉はふふ、と笑うと彼の手に頬を寄せ、心からの感謝を伝えた。

​「櫂……。本当に、ありがとう…。
あなたのおかげで、私はこうしてあなたの側にいることができる。

それにね、あなたはそう言うけど…作ったのは決して敵だけじゃないと思うわ。

あなたの優れた仕事ぶりに心酔した人や、あなたについていきたいと思う人、絶対に大勢いると思う。これからもたくさん。

あなたに敵対する人もいるかもしれないけど、あなたに憧れる人もそれ以上にきっと…いえ絶対にいると思うの」

櫂はその言葉を意外そうに聞いた

「…なるほど…。…そういう視点は無かったですね…。
とにかく必死で、疎まれることの方が多かったので」

「今はそうかもしれない
でも間違いないわ。
父の娘の私が言うんだもの。信じて。」

茉莉は両手で櫂の手をつつみ込み、真っ直ぐに彼の瞳を見つめた

そしてふと思い出したように、少しだけ悪戯っぽく……けれど至って無邪気な瞳で彼を見上げた。

​「ところで、三ヶ月も一人でいてどうしてたの?
男の人って、その……生理現象として定期的に『排出』しないといけないって聞いたことがあるけれど。
……やっぱり、一人で処理してたりしたのかしら」

​「ぐっ……、げほっ……!」

​不意を突かれた櫂は、シャンパンを盛大にむせ返らせた。

まさか、茉莉の口からそんな話題が飛び出すとは。

​「……茉莉、その話題転換は反則ですよ!と言うかどこでそんな知識を…」

むせたシャンパンが鼻に入って痛い

​「あら、本で読んだのよ。……それで、どうなの?」

​なぜかワクワクした顔で追及を緩めない茉莉に、櫂はナプキンで口元を拭きながら観念したように視線を泳がせた。
“お嬢様”の好奇心がこんなところにまで飛び火しているとは。

​「…どんな本なんですか…。
まぁ……否定はしません。
仕事のストレスが溜まったり、あなたへの想いに狂いそうになるたび、そうして心と体を鎮めるしかありませんでした。
……もちろん、今後は他の女性で発散するなど、天地が引っくり返っても二度とあり得ませんからね」  

​「……それは…そうね。
でもやっぱり男の人はいいわね、自分一人で解決できるんですもの。……女の子は、そんなことできないものね。特に身体的にも問題ないし。」

​茉莉が乗り出していた身を引いて膝を抱えてカウチに座り直し、当然のことのように呟いたその瞬間、櫂の動きが止まった。

​「……。茉莉。……今、何と仰いましたか?」

​「え? だから、女の子は一人じゃ……」

​「誰がそんなことを」

いや、茉莉は本当に知らないのだ。
誰かがそう教えたのではなく、誰も教えなかったから知らないのだろう。

​「……知らないだけです、……できますよ女性も。」

櫂はなぜか少しだけ自分が恥ずかしくなってしまった

ついその姿を想像して、いけないものを見るような気持ちになってしまったのだ

​「……え、本当…?だって、形状的に無理じゃ…」

「知りたいですか?」

櫂は茉莉に向き合って茉莉の手首をつかむ

「え…、あの…」

「いい機会かもしれません。今後は私も出張が多くなるかもしれないし…あなたが一人で、自分の肌に触れ、熱を感じ、私を想う。……「お留守番」に必要なことかもしれませんしね」

「ちょ…ちょっと待って、そんな…私、そんなふしだらなこと、出来ないわよ」

茉莉が慌ててこぼした「ふしだらなこと」という言葉。

櫂はそれを聞いて彼女を叱るのではなく、慈しむようにその髪を撫で、少しだけ身体を離して彼女の目を真っ直ぐに見つめた。

​「……茉莉。それは、大きな誤解です」

​櫂は茉莉を諭すように夜の潮騒よりも穏やかで深い声で語りかける

​「女性だって自分を慰め、愛でることは、全くふしだらなことなどではありません。
……むしろ、あなたがあなた自身の身体を、尊いものとして慈しむ、……大切な行為ですよ」

​櫂は茉莉の指先を取り、それを彼女自身の唇へと導いた。

​「……私がいない夜、あなたが寂しさに負けないように。……あなたが自分の美しさを、自分自身で認められるように。……そのための『魔法』を、今から私が教えます。……いいですね?」


つづきはこちら

いいですね?いいですよ。もう最終日。早い。


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