#4『薄明』第一章バレンタインの夜④
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嵐のような情熱が引き、部屋には再び、都会の夜景を遠くに臨む静寂が戻ってきた。
くたりと横たわる茉莉の身体を、稜真の温かな腕がそっと手繰り寄せ、包み込む。
彼の規則正しい鼓動が伝わってきて、茉莉は小さく吐息をつき、その胸に額を預けた。
「……茉莉さん。大丈夫?疲れただろ。」
茉莉は稜真を上目遣いで見あげるかたちになりながら、「ちっとも」と笑った
その瞬間、稜真は茉莉をぎゅううっと、強く強く抱きしめる。
「あぁ、なんて、なんて愛おしいんだ…君は…」
茉莉は稜真さん痛い、と笑いながらその愛に心地よく身を任せた
「……。茉莉さん」
突然、稜真の声がシリアスなトーンになったので顔を上げる
「なぁに?」
稜真は真っ直ぐにこちらを見ていた。
「………本当なら、君のお父さんにお伺いを立て、お許しをもらうのが先なのかもしれない。
…でも今、君の気持ちを聞いておきたいんだ。
僕と、結婚してくれませんか」
「えっ?!」
その突然の言葉が鼓膜に触れた瞬間、心臓が大きく一度だけ跳ね、あとは凍りついたように動かなくなった。
(……あ。ついに、来てしまった)
嬉しいのに、頭の何処かで冷静にそう思う自分がいる
いつかはこの日が来ると、どこかで覚悟していたはずだ。
面食らった茉莉の脳裏に、真っ先に浮かんだのは父ではなく、櫂の姿だった。
稜真と結婚するということは、西園寺の娘として守られてきた箱庭を捨てるということ。
それはつまり、人生のほとんどの時間を自分に捧げてきた彼─ずっと私と一緒にいてくれた─櫂を、自分の隣から完全に排除するということだった。
(……櫂に、相談しなければ……いや、違う。)
一瞬呆れて、心の中で自分を叱咤する。決めるんだ、自分で。
ここで頷けば、もう櫂がいてくれるいつもの日常には戻れない。
この一言は、私が「櫂」という柔らかな繭を出て、稜真と歩き出すための第一歩なのだ。
そのために今まで探し続けてきた。
そして、見つけて、今まさにそのゴールが目の前にある。
…それなのに、この期に及んで喉の奥がヒリついて、言葉がうまく出てこない。
稜真のまっすぐな瞳が、迷う茉莉を射抜いている。
茉莉は気づかれないようにシーツを固く握りしめた。
言え。
この人だ。
この人の他にいない。
「……あ……。……はい……っ」
自分でも驚くほどあっさりとした、
………だけど崖から飛び降りるような思いで絞り出した声だった。
この人が、櫂以外の私の居場所になる。
「……はい。……嬉しいです。私でよければ……よろしくお願いします」
その瞬間、稜真の身体から、ふっと力が抜けるのがわかった。
「……、ほんとに? 」
彼は数回瞬きをすると、そのまま両手で自分の顔を覆い、天を仰ぐようにしてベッドの上に倒れ込んだ。
「…あーーーー…良かった……。ああ、本当に、良かった……っ!」
あんなに余裕があって、自分を羽ばたかせると豪語していた大人の男が、今は子供のように安堵して泣きそうになっている。
「断られたらどうしようかと……、生きた心地がしなかったんだ。……あぁ…茉莉さん、ありがとう……!」
顔を覆った指の間から覗く彼の瞳は、少しだけ潤んでいるようにも見えた。
そのあまりの可愛らしさと、向けられた一途な愛に、茉莉の胸の奥はぎゅっと締め付けられる。
……この人を、選んだのだ。
もう、あの静かなマンションで私を待つ人の元へ、今まで通り戻ることはできない。
でも、これでいいのだ。
この人と生きていくんだ。
そう自覚した瞬間、稜真への愛おしさと、取り返しのつかないことを決定したという人生の重みが、茉莉の上にずっしりとのしかかっていった。
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