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#83『薄明』14章:挑戦②

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翌日──


西園寺グループ本社の広大なエントランスロビー。

約束の15分前
そびえ立つ大理石の柱の影で待つ櫂の視線の先に一人の女性──茉莉が現れた。

​いつものふわりとしたフェミニンな装いではなく、ピシッと仕立てられた明るいベージュ色のスーツ。

背筋を伸ばし毅然と歩くその姿は、西園寺の血を引く一人の社会人として気品と覚悟に満ちていた。


「櫂、お待たせ。忙しいのにごめんなさい」

緊張の面持ちで櫂に声をかける。

櫂はおっ、という顔で、いつもと違う雰囲気の彼女のスタイルを見て驚いた。

「へえ…、スーツ姿は新鮮ですね。
素敵だ。さまになっていますよ。

そそるな…。」

本気とも冗談とも取れない軽口で櫂は愛おしそうに茉莉を褒めた。

茉莉はわずかに頰を染めたが、その冗談のおかげで少しだけ緊張がほぐれる。

「もう、…何を言ってるのよ。

一応、戦闘服よ。…行きましょう」


櫂をいなして、2人は専用エレベーターで最上階へ向かう。
上階に向かうにつれ鼓動が速まっていく。
心臓が口から飛び出しそうだ──


エレベーターを降り、社長室の重厚な扉の前には既に佐々木が控えていた。


「失礼します」

ノックをして扉を開くと、一面ガラス越しに東京を見下ろす社長室の中央に大きな黒檀のデスクが鎮座している。

その向こうに、西園寺グループ社長である父・征嗣せいじの姿があった。


「…来たか」


父の低く静かな声が響いた。


茉莉が進み、櫂はその半歩後ろから続いた。

時間がない。すぐに本題に入る。

「今日はお時間をいただきありがとうございます。お願いがあって参りました。

……交通事故等で親を亡くした子どもたちへの教育支援を、本格的に立ち上げたいと考えています。西園寺の名で、体系的に。」

「…資料は読ませてもらった」

征嗣は組んだ指の上に顎を乗せ櫂へと視線を移した。


​「まず聞こう。櫂、これはお前の入れ知恵か?」

櫂は表情ひとつ変えず、背筋を正したまま、落ち着いた声で答える。

「いいえ。一切、関与しておりません。
私が知らされたのは、彼女がすでに構想を固め、資料を書き上げた後でした。
これは彼女が独りで考え、独りで形にした、彼女自身の意志そのものです」


社長は鼻で短く笑うと、再び茉莉の方へと視線を戻す。

その瞳には、「甘い」と言わんばかりの厳格な光が宿っていた。


「……お前の入れ知恵でないというなら、この企画の『穴』はすべて彼女自身の責任ということになるな」


社長はデスクに置かれたタブレット端末を指先で弾く。

「慈善活動と事業は違う。理想だけでは腹は膨らまんよ。

茉莉、お前は支援の範囲を広げると書いているが、その『出口』はどう考えている? 
奨学金を与えて大学を出せば、それで終わりか? 
それでは西園寺の金をただばら撒くのと変わらん。

企業としてこの事業を行う、真の利益を説明してみろ」


室内の空気が一気に張り詰める。


櫂は、茉莉を助けたいという衝動を必死で抑え、彼女の言葉を待った。
今の彼女は、守られるべき存在ではない。
西園寺の看板を背負い、自分の夢を勝ち取ろうとする一人の実業家なのだ。


櫂は黙って、彼女の背中を支えるように見つめ、静かにその場に佇んでいた。

茉莉は一瞬だけ息を整え、視線を逸らさず答える。


「おっしゃる通りです。奨学金を配るだけでは“支出”で終わります」

社長は微動だにしない

「私が考えているのは“循環型支援”です。
支援対象は、事故で親を亡くした子どもたち。

しかし出口は“自立”だけではありません。“参画”です。

─こちらの資料をご覧ください」

タブレットに視線を落とす。

「奨学金受給者のうち、一定割合を西園寺グループのインターンへ優先的に招きます。

ホテル、医療、教育……それぞれの部門に受け皿を作る─。

能力のある人材を早期に発掘、育成し、将来的に雇用へ繋げる。

それは社会貢献であり、人材投資でもあります」

父はあごで続きを促した。


「さらに、支援実績はIR資料(※投資家向け広報)に組み込みます。

進学率や就業率、グループ採用率を定量で追跡します。西園寺のブランド価値を、数字で証明するのです。

つまり、慈善ではなく、“人的資本への長期投資”としての位置付けです。

………いかがでしょうか」


社長は椅子にもたれた。

「……ふむ」

「西園寺の名を出せば、失敗はすべて西園寺の責任になる。それも重々承知しています。

だからこそ、透明性を担保します。外部監査を入れ、第三者評価を公表します」

茉莉は強い口調で言い切る

「ばら撒きにはしません」


櫂は、彼女の揺るぎない背中を見つめながら、内側から込み上げる熱い昂揚感を抑えていた。


(……見事だ。これほどまでの展望を描いていたとは)

「循環型支援」「人的資本への長期投資」

それは、甘っちょろい理想論を剥ぎ取り、経営者である征嗣が最も重視する「合理性」という名の言語で、自らの夢を翻訳した結果だった。


社長室を支配していた重苦しい沈黙が、わずかに揺らぎ始めたのを感じる。

社長は組んでいた手をほどき、デスクの上のモニターに映る資料をじっと見つめていた。


「……人的資本への投資、か。
言葉だけは達者になったものだな」


社長の声は依然として低いままだったが、そこには先ほどまでの娘を見る目ではなく、一人の交渉相手としての僅かな変化が混じり始めていた。


「だが、茉莉。
インターンや雇用枠を確保するということは、現場の各部門に負担を強いるということだ。
現場の責任者たちは数字を追っている。
プロの現場は、お前の理想を育てる学校ではない。
能力の保証もない学生を押し付けられて、彼らが首を縦に振ると思うか?

西園寺は慈善団体ではない。現場の士気を下げてまで、お前の個人的な『救済』に付き合う義理はないんだよ。

……さあ、どうする」




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パッパ…厳しい:(´◦ω◦`):

今日で投稿100日目でした
すごい自分!おめでとう🥰

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