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#9『薄明』第二章崩壊④

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茉莉は言葉を失って画面を食い入るように凝視した

​【速報:九条グループ中核企業「東都キャピタル」、粉飾決算の疑いで強制捜査。本日付で法的整理を申請。】

​「……え?」

​​心臓が、急にドクドクと耳元で激しい鼓動を刻み始める。

東都キャピタル…

それは稜真の父親が代表を務め、稜真も役員として名を連ねる不動産業界最大手のひとつだ

​キャスターが淡々と記事を読み上げる

「九条グループ中核企業、東都キャピタルの会長・九条 栄一朗および、長男で副社長・九条 慎一の両容疑者が逮捕されました。
両名は、海外事業への巨額の不正送金、および二重帳簿による数億円規模の粉飾決算を主導した疑いが持たれています。
​本件に関し、次男にあたる九条稜真専務は『事実確認を急ぐとともに、責任を持って事態の収拾にあたる』とコメントしていますが、本日の株式市場ではグループ関連銘柄が軒並み売り気配となり――」

茉莉は急いで手元のスマートフォンを取り、ぶるぶると震える手でネットニュースを確認する

「名門・九条家の看板倒れか」「創業家の経営責任を問う声」と、容赦ない文字が並んでいる。

SNSのトレンドには「九条家」「東都キャピタル」の文字が踊り、速報ニュースのコメント欄には、辛辣な言葉が並んでいた。

茉莉の視界がいびつに歪んで行く。


​「……お嬢様!」

​膝から崩れ落ちそうになる茉莉の身体を、櫂が瞬時に支えた。

「櫂…、…どうしよう……。。
こんな…なぜ、なぜ…」

「お嬢様、顔が真っ白です。まずは、深呼吸を。
温かい紅茶を淹れましょう。九条様のことは、私が……しかるべきルートで確認いたします」

櫂は茉莉を椅子に座らせると、櫂自身も自分を落ち着かせるようにゆっくり紅茶を淹れた

しかし茉莉がその紅茶に手を付けることは、なかった

しばらくして茉莉は稜真に連絡を取ろうと何度もリダイヤルを繰り返すが、彼のスマートフォンは電波の届かない場所にいるか、あるいは意図的に拒絶されているかのように、虚しいアナウンスを繰り返すだけだった。

櫂は、茉莉の手から滑り落ちそうになったスマートフォンをサイドテーブルへと戻し、呼吸が浅くなっている茉莉の背中を擦っていく

(なぜこんなことに…。神様、どうしてこんな残酷な形で彼女の幸せを奪っていくんだ…!)

​茉莉の婚約を知ったあの夜、一人でウイスキーを煽りながら、自分に言い聞かせた"解放"。

九条、あの男になら、任せられる。

あいつなら、自分が与えてやれない日の当たる場所での幸福を茉莉に与えてくれる。

そうやって、引き裂かれるような想いで無理やり整えた心の決着が、一瞬で瓦解していく。

櫂は不安と恐怖で呆然としている茉莉の前に跪き、彼女の膝の上で血の気の引いた細い手を自分の手で包み込みじっと見つめた。

「落ち着いて。時が来れば九条様は必ずあなたに連絡を寄越すはずです。

ここには……私がおります。どうか、お忘れなきよう。

……九条様がお戻りになられない間、あなたの側にいますから」

櫂ができることはそれしかなかった

茉莉はただ櫂の手を握りしめ、押し寄せる不安に黙って耐えていた

何かの間違いであってほしい

そんな一縷の望みを、稜真と繋がらない時間が刻一刻と打ち砕いていく

それから数日間、待てど暮らせど茉莉のスマートフォンの画面は暗いまま死んだ小鳥のように動かなかった。

稜真への発信履歴だけが虚しく積み上がって行く
窓の外で朝と夜が繰り返しやってくるのに、茉莉の時間は止まったままだった。

稜真と会えない間に、東都キャピタルの内情が、剥がれ落ちる鱗のように次々と暴かれていく。

海外事業への巨額流出、二重帳簿、政治家への裏金……。

名門・九条家の「誇り」という名のヴェールを剥ぎ取れば、そこに現れたのは目を覆いたくなるような腐敗の塊だった。

ニュースによれば、主導したのは会長である稜真の父と、副社長の長男であり、専務の稜真はこれら一連の不正には関与していなかったと見られている

しかしネット上では『家族が知らないわけはない』と厳しいバッシングが多く、つい先日まで名門の御曹司として輝いていた彼は、今や日本中から指弾される渦中の1人となっていた。

ニュースが流れるたび、茉莉は自分の立っている地面が足下から崩れていくような錯覚に陥った。

稜真は今、何を想っているだろう。

数日。
たった数日前だ。

あんなに幸せな時間を過ごして、私はプロポーズを受けた。

真面目で真っ直ぐなあの人のことだ。
1人できっと悩み苦しんでいる
私は彼のために何も出来ないのだろうか─

彼が信じていた「九条」という正義が、実は誰かの犠牲の上に築かれた砂の城だったと知った、正義感の強い彼の絶望を思うと、胸が引き裂かれそうだった。

櫂はその様子を少し離れた場所から静かに見守っていた。

彼はすでに九条家の裏事情を大まかに調べ上げていた。

東都キャピタルの再建は不可能だろう。間もなく九条家はすべてを失う。

それは、茉莉がようやく見つけた「外の世界の居場所」が消滅することを意味していた。

あの男は、彼女を一体どうするつもりなのだろうか。

「お嬢様……。そんなに電話を握りしめていては、掌を痛めてしまいます。
九条様からは……まだ、連絡はございませんか」

茉莉は一点を見つめたまま力無く頷く

「今は、待つしかありません。……世間は残酷です。彼らは寄ってたかって食い物にする。……九条様は今、他のことを考える余裕もない地獄にいらっしゃるのでしょう」

つまり、茉莉のことなど思う余裕もない─
その言葉の意味する事実が、鋭い棘となって茉莉の胸に刺さる。

「お嬢様、お顔の色がすぐれません。……九条様のために、あなたが倒れてしまっては元も子もありませんよ。少しは食べないと…」

櫂は憔悴していく茉莉に食事を摂らせ、眠れない夜には温かいミルクを静かに差し出した。

連絡がつかないまま、さらに数日が経つ

…会いたい、稜真さん

会って、あなたを支えたい

しかし「支えたい」と願う自分の想いなど、彼の抱える苦難と孤独の前では邪魔な不純物でしかないのか。

あの人の一番苦しい時に、連絡さえ取れない──


どのくらいの時が経ったのだろう


その時、長い沈黙を続けていた茉莉のスマートフォンが震えた。

表示された名前は――

『九条 稜真』。

茉莉は弾かれたように画面をスライドさせた。


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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません


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