見出し画像

#19『薄明』第4章:名前を呼んで④


前回のお話はこちら


自室のドアを閉めた途端、茉莉はそのままベッドへ倒れ込んだ。

柔らかい羽毛の枕に顔を押し付け、しばらくじっとしていたが、やがて小さく呻く。

「……言っちゃった……」

ついに言ってしまった。
胸の奥にしまっていた、あのお願いを。

「名前を呼んで」だなんて…

枕に顔を埋めたまま、声にならない声をあげて、足をばたばたさせる。

――何をしてるの、私。

茶話会ではあんなに平然としていたのに。
あれほど多くの視線の中で、誰にも弱みを見せなかったのに。

たった今、家のリビングで見せた櫂の反応を思い出した瞬間、また胸の奥がむず痒くなる。

……なによ、あれ

あんな櫂、初めて見た。
顔を赤くして。
言葉に詰まって。
まるで、少年みたいにうろたえて──

櫂は昔から感情をあまり表に出さない人だった。
けれどそれでも私には分かってしまう。

ほんのわずかな声の調子。
呼吸の間、目線の奥にある小さな揺らぎ…、

それだけで、彼の心がどこにあるのか。
そのわずかな変化──それに慣れていた。

だから最近の櫂は、自分への好意がダダ漏れで面食らってしまう

稜真の名前が出たときなんてもう。
あれで隠しているつもりなのだろうか……

あからさまに沈んだ気配、固くなる声。

本人は平静を装っているつもりかもしれないが、茉莉には手に取るように分かった

「……はぁ」

ため息をついて枕から顔を上げる。

「かわいいんだから……」

ぽつりと呟いて、はっとする。
自分で言って、自分で顔が赤くなる。

(――何……、言ってるの、私……)

ベッドの上で仰向けになり、枕を抱えて天井を見つめた。

櫂。

心の中でその名前を呼ぶだけで、胸の奥が静かに波立つ。

ずっと前から、私は、彼を愛していた。

そのことを、この前まざまざと思い知らされ、突きつけられ、もう自分では分かっているつもりだ。認めざるを得ない。

けれど――


「……どうしよう」

ぽつりと小さな迷いがこぼれる

もし私が櫂の愛を受け入れたら。
もし、今の距離が変わってしまったら。

嬉しいのか、怖いのか。……どうなってしまうのか。
自分でも分からない。

茉莉は再び枕を抱き寄せ、顔を埋める。

「……考えるの、やめよ」

小さくそう言って、目を閉じた。

今はまだ――
もう少しだけ

もう少しだけ、このままで…



つづきはこちら

戸惑う茉莉ちゃん


あらすじはマガジンにもまとめています。ご新規の方、良かったらご覧ください







いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集