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#50『薄明』第9章:楽園⑦

前回のお話はこちら↓↓

​マレのローカルマーケットは、色鮮やかな南国のフルーツや、香ばしい燻製の匂いで満ち溢れていた。

その喧騒の中を、トラベルコーディネーターの麗奈が軽やかに先導していく。

「お土産にはこの『モルディブ・フィッシュ』のチップスが最高ですよ。お酒のおつまみにもなりますし、あ、あっちのお店のほうが安いです!
お料理をされる方にはあちらのスパイス屋さんもおすすめですね!
お母様は、お料理お好きですか?」

無駄を除いた的確な麗奈のガイドは、空港までの時間が限られている2人にはとてもありがたかった。

​色鮮やかなマンゴーやパパイヤが山積みにされた、活気溢れるローカルマーケット。

熱帯の濃密な空気の中あちこちの店を見て回り、三人はその暑さに少し足を止める。
茉莉が額の汗をぬぐいながら気づいた

​「……ふぅ、マレの太陽は本当にパワフルね。
あ、櫂。あそこの屋台のフレッシュジュース、すごく美味しそう!飲んでみようかな」

​「申し訳ありません、気がつきませんでした。すぐに買ってまいります」

​いつものように、一歩前へ出ようとした櫂の袖を、茉莉がそっと引いた。

​「いいの、たまには私にさせて? この数日間、あなたに甘えてばかりだったから。
お礼に、二人の分も買ってくるわ。ね?」

​昨夜、月明かりの下で「あなたのために何かしたい」と、勇気を振り絞って櫂に申し入れたあの時と同じ、純粋でひたむきな瞳。
櫂は、その輝きに抗う術を持たなかった。

​「……わかりました。
ですが、決して一人で遠くへは行かないでください。ここから、あなたを見守っていますから…」

​「もう、すぐそこじゃない、相変わらず過保護なんだから。
麗奈さんは何がいいですか? マンゴー? それともスイカ?」

​「わぁ、いいんですか? じゃあ、マンゴーで! ありがとうございます!」

​麗奈は屈託なく笑って手を振る。

茉莉が「任せて」と微笑み、数メートル先の極彩色の屋台へと向かった。

​店主とやり取りをし、3つの大きなフルーツがまな板に乗る。

ジューサーが回り出す音。

茉莉が少し迷いながら小銭を数え、出来上がりを待っている後ろ姿。

​櫂の視線は、人混みに紛れそうになる彼女の背中を、まるで唯一無二の宝物を守る騎士のように、片時も離さず追い続けていた。

「…可愛らしいひと」

隣に立つ麗奈がぽつりとつぶやいた。

その刹那、プロのコーディネーターとしての華やかさが、ふっと消えた。

​「…本当に、よかった。
……今、お幸せなんですね。櫂さん」

​前を向いたまま、独り言のようにつぶやいた麗奈の声は、先ほどまでの明るいトーンとは違う、少しだけ湿度のこもった音色だった。

​櫂は、茉莉の背中を見つめたまま、微かに眉根を寄せる。

​「……何の話ですか」

​「とぼけても無駄でーす。
あの人、なんでしょう?

……5年前、『自分には、一生報われない恋をしている相手がいる』って言ってた人。」

​ドクン、と。

櫂の胸の奥で、閉じ込めていたはずの記憶がほどけた

​「……。……麗奈さん」 

​「西園寺のお嬢様。……だったんですね。そっかぁ。
……それは、……苦しかったでしょうね」

​麗奈はゆっくりと視線を巡らせ、櫂の横顔を真摯な眼差しで真っ直ぐに見つめた。

そして、
静かに尋ねた


​「……あの夜のこと

……後悔されていませんか?」


マーケットの喧騒が、遠のく。


櫂の瞳が、一瞬にして5年前の、あの熱帯の夜の色に染まった。


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5年前に一体何が…

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