#73『薄明』12章:惑い⑥
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「九条さ〜〜〜ん……よくもやってくれましたねぇぇ…!」
飛行機で隣り合う中、麗奈は機内誌に目を通したままの稜真へ、恨めしそうに文句を言った。
稜真は、おや、という顔で答える
「…よかれと思ったんだけどな。ダメだったのか?
まあ招待状の時のお返しだ。」
「マジで焦ったんですけど!」
余計なことをしてくれたと1回はふくれてみせたが、その後麗奈はふふ、と自嘲気味に笑った
「ご期待に添えられず申し訳ないんですが、全然色っぽい雰囲気にはなりませんでしたけどね。
何か悩んでる感じだったし…
私、普通にアドバイスしちゃった」
「悩み?……あいつが?」
「はい、何か忙しすぎて茉莉さんにちゃんと向き合えてないらしくて…
私もしかして余計なこと言っちゃったかなぁ。
櫂さん、自分が無意識に彼女を囲い込んでるんじゃないかって、ちょっとショック受けてたみたい。」
麗奈の言葉を聞いて、稜真は茉莉と付き合っていた時に同じことを感じていたのを思い出していた
「黒崎は近すぎて彼女の可能性に気づいてないんだよ。
彼女は、磨けば磨くほど光るダイヤモンドだ。
あいつはそれを、自分の暗い部屋を照らすためだけのランプにしようとしている。
…それは愛じゃない、ただの横領だ」
苦々しそうな顔で稜真が吐き捨てるのを聞いて、麗奈は「横領って…そんな、茉莉さんをモノみたいに。」と苦笑する
「あーあ、みんな茉莉さん、茉莉さん、か〜。すごいなあ、こんないい男2人が取り合うなんて。
ま、いいんですけど。
……私は櫂さんが幸せでいてくれたらもうそれでいいです。」
「ふぅん…。健気だな」
麗奈は、窓の外を流れる雲海を見つめたまま、独り言のようにぽつりと零した。
「……実はわたし、一度だけ、櫂さんと寝たことがあるんですよね……」
「知ってる」
麗奈は、一瞬何を言われたのか分からず、首が折れるような勢いで振り返った。
「……はぁ!? 何で、……え?!何で知ってるんですか!?」
稜真は機内誌に目を落としたまま淡々と答えた
「……昔、茉莉さんと交際していた時にあいつの身辺を調査をさせたことがある。
そこにジャカルタでの浮名もひとつ報告されていた。
当時のメンバーに女性はひとり。
君が前に彼と海外で働いていたと聞いた時にピンときた。
あれは君だろ?」
麗奈は口を開けて、引いていた
「…っ…。すごいですね……。
まあ…そうですけど…
なぁんだぁ……知ってたんですか。」
麗奈は、はぁーーと大きなため息をつく。
「いいなー、茉莉さん、あんなに愛されてて。私を抱いてる時も絶対茉莉さんのこと考えてましたしね…わかるんですよそういうの…」
「………。」
「でも!
櫂さんとの夜、めちゃくちゃ良かったんですよ〜。
とろける…、っていうか……
私の気持ちが大きかったからかもしれませんけど。はぁ、忘れられない夜…。」
麗奈がうっとりと言う
「ねぇ九条さん、調べたんだったら知ってますよね?他にも櫂さん何人か抱いてるでしょ?教えてくださいよ」
稜真は開いていた機内誌のページをめくる手を止め、溜息を飲み込んだ。
呆れを通り越して、ある種の感心すら覚える。
「君、意外と図太いな。
あいつに抱かれた時の感想なんて、僕に報告しなくていい。
それに、僕はヤツの女遊びの履歴を管理しているマネージャーじゃないんだ」
そう突き放しながらも、脳裏にはかつて探偵から受け取った、分厚い報告書の束がよぎっていた。
「……まあ、事実だけを言うなら、君が最初で最後の一人というわけじゃないだろうな。
当時のあいつは、自分の中の空虚を埋めるためだけに、手当たり次第に夜を貪っていた。最低なやつだよ。」
口にすればするほど、櫂への嫌悪感が募る。
それと同時に、そこまでしなければ正気を保てなかった櫂の執着の深さを、嫌というほど見せつけられる気がしていた。
「……だが僕が調べた範囲では、あいつが関係していたのは全員しがらみのない女だった。そういうふうに決めてたんだろう。
仕事の関係者や、後腐れのある相手に手を出していた報告は無い。
君以外ね。」
稜真は機内誌を閉じ、麗奈の方を向いて言った。
「だから、そのルールを破ってまで君を抱いたのなら、君はあいつにとって少なくともあの夜だけでも特別だったってことじゃないのか」
麗奈はその言葉を聞いて不覚にも目頭が熱くなってしまった。
稜真は自分を励まそうとしているのだろうか。
「君がいい思い出にしているならこれ以上言うことはない。
……寝るよ。着いたら起こしてくれ」
シートを倒し逃げるように眠りに落ちようとした時、
「その報告書、櫂さんのテクニックのこととか書いてないんですか?」と、気を紛らわそうとする麗奈がとんでもないことを聞いてきた
「……あのな。報告書にそんな下劣な項目があるわけがないだろう」
眉間に深いシワを寄せ、稜真は早々にアイマスクを引き寄せた。
だが、麗奈の攻撃は止まらない。
「九条さんって真面目だから、夜の方も真面目そうだなあ。
……九条さんも仕事ばっかりしてないで遊んじゃえばいいのに、あの時の櫂さんみたいに。
独身だし、今特定の相手がいるわけじゃないし 、自由なんだから!」
稜真は答えず、深くシートに沈み込んだ。
(夜の方も真面目……。何が悪い。……いや、そもそもあいつと比較される筋合いはない)
だが、麗奈の言った「めちゃくちゃ良かった」という無責任な感想が、チリリと胸の奥を焼く。
自分が、茉莉に対してどこか聖域を守るような接し方をしてきた自負があるからこそ、櫂の男としての生々しさに、無意識の劣等感があるのかもしれない
自分が茉莉と重ねた時間は、いつも穏やかで、春の陽光に包まれるような幸福に満ちていた。
彼女を壊さないよう、慈しむよう、大切に触れる。
それが自分の愛の形だと信じて疑わなかった。
──『遊んじゃえばいいのに』──
その言葉がなぜか稜真の脳裏に張り付いていた
12章は本日で終わり、次から13章に入ります。
明日は12章のあらすじまとめになります。
ちなみに13章、初っ端からまあまあな官能シーンになりそうです。お楽しみに…。
稜真と麗奈のコンビ、結構好き。
ちなみに櫂と麗奈が海外で一緒だった時の話はこちら。
櫂はいい男だ。
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