#55『薄明』第10章:道程③
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その日、櫂は長年グループに寄生していた下請け企業との契約打ち切りを宣言した。
「非道」「恩知らず」そんな声を、彼は無慈悲に受け流した。
社長の征嗣には大局を見ろと言われている。
大樹を生かすためには、腐った枝を切り落とす冷酷さを持たなければならない。
情に流されれば、数万の社員を路頭に迷わせることになる。
憎まれ役は早くも板についてきた
深夜。誰もいないオフィス。
静まり返った経営戦略室で、櫂は一人、次のプロジェクトの資料に目を通していた。
「社長の娘を抱き込んで、実力者気取りの若造」「社長の威を借る狐」
社内外で囁かれるその汚名すら利用してきた。
悪役であればあるほど、人は恐怖し、改革は加速する。
それともあの稜真なら、もっといいやり方をするのだろうか
彼ならもっと、
人望のあるやり方で──
コンコン、と扉をたたく音がした
こんな時間まで、まだ人がいたのか
「どうぞ」
入ってきたのは、入社5年目の若手社員・高木だった。
「室長、まだ残っておられたんですね。……これ、差し入れです」
置かれたのは、温かい缶コーヒー。
「……ありがとう。君こそこんな遅くまで…、悪かったな上の会議が長引いてしまった。
早く帰りなさい。私のやり方に付き合っていたら、身が持たないぞ」
嫌味のつもりだった。
だが、高木は部屋を出ようとせず、少し緊張した面持ちで言葉を継いだ。
「あの……室長。この前の役員会の噂、みんなの間で持ちきりですよ。
……正直、震えました」
「え?」
「…僕たちの世代は、みんなわかっていたんです。物流部門が腐敗していることも、上が私腹を肥やしていることも。
でも、誰も怖くて言えなかった。
匿名で情報提供しても、なかなか証拠がそろわなかったり…
……でもそれを、室長がたった三ヶ月で全部ひっくり返してくれた」
高木は一歩踏み出し、真っ直ぐに櫂を見つめた。
「室長のことを色々と悪く言う人もいます。でも、実力だけであの老獪な役員たちを黙らせたあなたの背中は……僕たち若手にとっては、最高の憧れなんです。
……黒崎室長、僕はこの会社に入って、今が一番ワクワクしています」
「…………。」
「……あ、すみません。熱くなって。
…室長も早く終わらせてくださいね。あんまり無理すると体壊しますから。じゃ失礼します!」
嵐のように去っていった若手の背中を見送り、櫂は一人、取り残された。
この数ヶ月、自分は会社、そして茉莉の隣に立つために、手段を選ばず、誰に恨まれても構わないと無我夢中に走り続けてきた。
だが──
(……、……憧れ、か。……そんな言葉、私には一生縁がないと思っていたが…。)
モルディブで茉莉に言われた言葉が頭に蘇る
『あなたの優れた仕事ぶりに心酔した人や、あなたについていきたいと思う人が絶対に大勢いると思う。これからもたくさん。……間違いないわ』
櫂は一度だけ大きく息を吐き、熱いコーヒーを一口含んだ。
苦みが喉をすべる。けれど、その熱は不思議と、疲れた彼の胸を静かに解かしていく。
自分が守り抜こうとしているこの西園寺グループという帝国には、育てる価値のある未来もまた、確かに息づいているのだ──
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一生懸命やってると、見てくれてる人がいるもんだよね。
