ふうき豆 山田家 山形市 和菓子なスクチャイ163 2025.11.30
和菓子なスクチャイ163 山形県 > 山形市
※くまの身長は7.5cm。大きさの参考に。
ふうき豆 山田家 山形市








1.むちゃうまだ!たまげた!最高だ!
ともかくむちゃうまな豆菓子で、ひと口食べ始めたら止まらないのはかっぱえびせんの比ではない。(かっぱえびせんはすぐに止められる)
何度か写真では見ていて味も想像していたがそれをはるかに超えていた。
口に含むとともかくフワッと軽くて柔らかく、豆本来の風味を生かした上品な甘みで口の中が満たされるのだった。
吾輩は結構重めの夕食をとった直後だったのだが、新幹線の車内に入り買った和菓子類の記事用の写真を撮るために開封してひと口食べ始めるともうどうにも止まらない・・・!(山本リンダ風:古い)
店の若いスタッフの説明では、常温保存でいいが水分が飛ばないようにタッパーのような密閉容器に入れたら今の季節だと一週間ほどはもつ、との話だった。
そんなに急いで食べないといけないというのでもないので吾輩は260gの税込700円のやつを2箱買った。
それに他の和菓子も美味しそうなのがあったので「東万頭」というまんじゅうとあんこの団子のような干菓子「石衣」を買った。それらは後日別記事に書く予定だ。
ふうき豆は新幹線車内でテーブルの上に紐解くと、そこでひたすら喰うのが似合っているような気がしてきた。
新幹線車内で無心に食べていると、あくまでこれはおやつなのだが、なんだか駅弁のようにも見えてくるのだった。
2.元は銭湯の「山田家」
山形市にある「山田家」は山形銘菓「ふうき豆」の代名詞とも言える超有名店だ。
山田家の歴史は風呂屋から始まった。
山田家の創業には、非常にユニークなエピソードがある。
創業は昭和6年(1931年)で、前身は「銭湯」なのだ。
創業者の山田ヨシさんはもともとこの場所で公衆浴場(銭湯)を営んでいた。
ヨシさんは、お風呂上がりのお客さんに「お茶請け」として、手作りの煮豆を振る舞っていた。
この煮豆があまりにも美味しいと評判を呼び「お風呂に入らなくてもいいから豆だけ売ってくれ」というお客さんが殺到した。
この人気を受けて昭和6年にお菓子屋へと転業し「山田家」としてふうき豆の製造販売を始めた。
現在でも、店舗の奥には当時の銭湯の煙突の一部が残されているとも言われており、地域に愛された歴史を物語っているのである。(吾輩は煙突は見ていない)
3.看板商品「白露ふうき豆」
山形県内には「ふうき豆」を作るお店がいくつかある(長栄堂とでん六)が、山田家の「白露ふうき豆」は別格の人気を誇り、「ふうき豆の元祖」あるいは「最高峰」と称されている。
3.1.原材料と製法
原材料は青えんどう豆(グリーンピース)、砂糖、少しの塩のみ。添加物は一切使用していない。
製法は青えんどう豆を蒸かして一粒一粒丁寧に皮をむく。これが食感の決め手だそうだ。
それを砂糖と一緒に炊き上げホクホクの状態に仕上げる。
ただこれだけと言えばこれだけだが、そこに秘伝の技術があるものと想像する。
3.2.味と食感の特徴
箱を開けた瞬間に青えんどう豆の爽やかで濃厚な香りが広がる。
皮がきれいに取り除かれているため、口に入れると「サラサラ」「ホロホロ」とほどけるような、極めて滑らかな口どけなのだ。
豆のパサつきは全くなくしっとりとしている。
甘さは強すぎず、豆本来の旨みとコクが凝縮された上品かつ素朴な味わいだ。
3.3.入手困難
全て手作りのため生産数に限りがあり、午前中で売り切れることも珍しくない。
吾輩はあらかじめ電話していたが、親切そうなおばちゃんは吾輩が13時前後に行くと言うとその時間なら取り置きしないでもまだあるから箱の大きさを来てから決めれば?ということでひとまず安心したのだった。
しかしいつ何時TVなどのマスコミやソーシャルメディアなどで消費者活動が急激に増えるかはわからないので、自身が山田家に出向ける日時が予測できるなら、店舗の営業日時の確認も兼ねて電話で一報しておいたほうがいいと思う。
地元の人でも予約をして買いに行くほどの人気店なので、遠くからいきなり行って買えなくて泣く場合も多いようなのだ。
3.4.繰り返し食べる和菓子の筆頭
そういうわけでこの「ふうき豆」は吾輩の繰り返し食べる和菓子の筆頭となった。
山形駅から1.2kmほどなので歩くと20分ほどかかった。
場所は山形グランドホテルの並びで60mほど先だ。
吾輩が歩いて行った時(2025/11/30)は風のない晴れの日でそんなに寒くもなく快適な散歩だったが、悪天候や積雪や猛暑の場合はタクシーで行くのが無難かもしれない。
(おわり)
