気づくのは痛い。だから知りたくなかった。
コールセンターの職場の後輩くんが
気になって仕方なかった。
最初は、
話し方の問題だと思っていました。
でも違いました。
本当に気になっていたのは、
後輩くんではなかったのです。
後輩くんはとても真面目な人です。
まだ若く、
仕事にも一生懸命取り組んでいます。
ただ、その真面目さが強すぎるのか、
お客様にとても丁寧に対応しようと
しているのは伝わってきます。
でも、時々その丁寧さが
お客様とのすれ違いになっているように
私には見えていました。
本人は一生懸命なのですが、
私はその話し方を聞くたびに、
なぜかいつも心がざわざわしていました。
人のことなのに、
どうしてこんなに気になるのだろう。
そう思っていました。
そして今回、
ようやくその理由がわかったのです。
私はずっと、
真面目な自分を責めていました。
だから、
後輩くんの真面目さを見るたびに、
心がざわざわしていたのです。
先日、
「真面目に縛られて苦しかったけど、
真面目が悪いわけじゃなかった」
という記事を書きました。
その記事を書きながら、
私は真面目な自分を
責めていたことに気づきました。
そして今回、
後輩くんへの違和感も、
そこにつながっていたことが
わかったのです。
人に見えることは、
自分の中にもある。
自分にないものには、
そもそも気づかない。
だから人が気になる時は、
自分の中に何かがあるのだろう。
そう学んできました。
でも実際には、
すぐ何があるのかはわからないのです。
ざわざわする。
知ろうとすると痛い。
だから避ける。
でも気になる。
私は
ずっとその繰り返しでした。
今回、
真面目さという形でその理由が見えた時、
不思議なくらい心が静かになりました。
不快なこと。
ざわざわすること。
嫌な感じがすること。
そこには、
気づいてほしい
何かが
隠れているのかもしれません。
知るまでは
痛いから触りたくなかった。
本当は見たくなかった。
だから避けていました。
でも今回、
真面目さについて
「なんだろう?」
と自分と対話していました。
すると、
後輩くんへの違和感が
ふと浮かんできたのです。
その時は関係があるとは
思いませんでした。
でも振り返ると、
真面目さについて見ていたからこそ
後輩くんが気になっていた
本当の理由も
見えてきたのだと思います。
あれほど気になっていた
後輩くんのことも、
いまは不思議なくらい
気にならなくなったのです。
気づくのは痛い。
だから知りたくなかった。
でも、
その痛みの奥にあったのは、
責め続けていた自分でした。
そして、
そこに気づいた時、
カチカチに凍っていたものが
本当に流れるように溶け出したのです。
まるで、
波がすーっと引いていくように
あれほどざわざわしていた心が
静かになっていきました。
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