「私はこう思う」を、自分に許した日
「でも、私はこう思う」
たったそれだけの言葉が、
どうしてこんなに怖いんだろう。
否定されるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
関係が壊れるかもしれない。
だから、
本当は違うと思っていても、
相手に合わせてしまう。
そんなことはないでしょうか。
私は以前、
一番頼りにしていた人に対して
初めて、
「私はこう思う」
を通したことがありました。
昨日、私は
「自分だと思っていた声」が、
私を
恐怖から守ろうとしていた
エゴの声だったのかもしれない。
そんなことを書きました。
その記事を書いたあと、
なぜか突然、
昔のメッセージのやりとりが
目の前に現れました。
それは3年前の、
当時、私がとても頼りにしていた、
かなり年下の女性とのやりとりです。
彼女は、
自分の原風景とも思う柿田川湧水群
に連れて行ってくれた人でもありました。
その頃の私は、
本気で転職を悩んでいました。
そして、
一番頼りにしていた彼女に、
その相談をしたんです。
でも、
話は少しずつ
噛み合わなくなっていきました。
私は、
「私は転職したい」
という気持ちを伝えていた。
でも彼女は、
私の年齢や、
転職の現実的なこと
そして、
今の職場にいるメリットを、
一生懸命伝えてくれていたのだと思います。
きっと、
彼女なりに、
私を守ろうとしてくれていた。
でも当時の私は、
その言葉を、
「否定された」
ように感じてしまった。
私はずっと、
人の言葉に押されると、
「そうだよね…」
と、
自分を引っ込めてしまう…
そんなことが多かったんです。
でも、
あの時は違いました。
私は初めて、
「でも、私はこう思う」
を通しました。
怖かった。
震えるくらい。
でも同時に、
ものすごくスッキリしたんです。
あぁ、
私は今、
初めて自分を守ったんだ。
そんな感覚がありました。
結果的に、
彼女とは関係が壊れました。
突然、
Facebookをブロックされて終わった。
でも、
不思議なんです。
以前の私なら、
ものすごいショックで、
「やっぱり私は間違っていた?」
となっていたと思います。
でもあの時は、
傷ついたのに、
どこか誇らしかった。
「私はこう思う」
を、初めて自分に許せたから。
そして不思議なことに、
その後、
あれだけ辞めたかった職場が、
少しずつ、
【天国みたい】
と思えるくらい変わっていきました。
イジメかと思うほど
私にだけ
ミスを指摘していた管理者から、
「うららさんとじゃないとできないから」
と、心から頼りにされるようになったり。
突然の骨折で
半月以上も休んでしまった時。
「早く戻ってきてほしい」
と言ってもらえたことで、
自分がここにいていいんだ、
必要とされているんだ
と心から感じ、
雇ってもらっていることへの感謝が、
自然と溢れてくるようになりました。
毎日の職場が
笑いの絶えない
居心地のいい場へと
変わっていきました。
そう、感じるようになったのです。
結局私は、
いまも同じ職場で働いています。
起きた出来事は、
変わっていない。
でも、
いま振り返ると、
あの時の出来事の見え方が、
少し変わってきているんです。
表面的な出来事だけじゃなく、
もっと深い場所から、
見られるようになってきた感覚。
もしかしたら、
あの日、
私が本当に変えたかったのは、
職場そのものではなく、
「私はこう思ってはいけない」
そうやって、
ずっと自分を押さえ込んでいた、
生き方だったのかもしれません。
以前、 私はこの出来事を、
「あの日、私は自分を守った」
という記事として書いていました。
そして今、
あらためて振り返ると、
信じて疑うこともなかった
「自分の声」
だと思っていたものは、
ただ、
傷つかないように、
必死に守ろうとしてくれていた
エゴの声だったとわかってきました。
そんなことを、
昨日の記事にも書いています。
。
