60代からの「表現する生き方」と「心の備忘録」
表現するという生き方と、
備忘録として書くということ
何十年も生きてきて、
やっとというか
気づいたらとしかいいようがないのだけど
「表現したい」「なにかを伝えたい」……
そんな思いをずっと抱えていたんだと
はっきり気づきました。
その最初の記憶は、まだOLになりたての頃。
先輩にすすめられて観に行った映画
『コーラスライン』でした。
スクリーンの中で、全身を使って
歌い踊る人たちの姿。
その一人ひとりのエネルギーに、
私は心の底から衝撃を受けました。
「自分の身体を使って、全力で生きている」
その輝きに、胸が震えたのです。
あのときの感覚を言葉にするなら……
ああ、私もこんなふうに「表現したい」。
心の底からそう思いました。
それから何十年も経った今、
私は「書くこと」に夢中になっています。
なぜこんなに喜びを感じるのだろうと考えたとき、
やっと気づいたのです。
私が求めていたのは「書くこと」
そのものではなく、
「自分を表現すること」
でした。
『コーラスライン』で心が
揺さぶられたのも、
歌や踊りという手段ではなく、
そこにある表現そのものに
魂が反応したからでした。
人はそれぞれの方法で
自分を表現しています。
家事を通して喜びを感じる人もいれば、
仕事で誰かを支えることで
自分を表す人もいます。
スポーツ選手も、エンジニアも、アーティストも、
すべては
「自分という存在を、この世界に表す行為」
なのだと思います。
肉体を持って生きているということは、
体験できるということ。
体験を通して、自分を表現する喜びを
感じられるということ。
それが「生きる」ということ
なのかもしれません。
私にとって、その手段はいま
「書くこと」になりました。
思いを言葉にすることで、
自分の内側が整い、世界とつながる。
そんな感覚が、日々を喜びで
満たしてくれています。
一方で、私が「書く」という行為を
備忘録と呼ぶのは、
自分の心の内側を見つめ、
静かに残しておきたいからです。
去年から「意識」と「瞑想」を学びはじめ
その実践を通して、
外側の出来事ではなく、
すべては自分の内側の投影だ
と気づきました。
嫌なことも、うまくいかないことも、
「なぜ私だけが?」と思っていた出来事も、
実は自分が創り出していた
自作自演の世界だったのです。
そう気づいたとき、
世界が少しずつやさしく、柔らかく
感じられるようになりました。
だから私は、心の内側に起こる気づきを
言葉にして残しています。
誰かに教えるためではなく、
自分という存在の軌跡を確かめるため書く
それが「うららの備忘録」です。
少し見方を変えるだけで、
世界の見え方が変わる瞬間があります。
その小さな視点のズレが、
あなたの心を軽くするきっかけになれば、
こんなに嬉しいことはありません。
