昭和を知らない20歳が、昭和に帰りたがる ── 昭和レトロブームと「経験のない懐かしさ」の心理学
20歳の人がレコードに針を落として、
「なんか懐かしい」と言う。
知らんはずやのに。
レコードの売上が止まらない。
日本レコード協会によると、
2024年のアナログレコード生産金額は
78億8,700万円。
1989年以来、
35年ぶりに70億円を突破した。
ここ10年で生産数量は約5倍に増えている。
レコードだけじゃない。
富士フイルムの「写ルンです」は、
2012年にピーク時の20分の1まで落ちた。
それが2015年から反転し、
ビックカメラでは販売台数が
前年同月比5割増(2023年時点)。
購入者の中心は、
10代から20代前半の女性だ。
昭和の復刻ガラス食器
「アデリアレトロ」は累計135万個。
https://dime.jp/genre/1456421/
Instagramの「#昭和レトロ」は
260万投稿を超えた。
なぜ「経験していない時代」が懐かしいのか
「昭和レトロが流行っている」
と聞くと、
なんとなく納得してしまう。
古いものは味がある。
デジタルに疲れた。
アナログには温かみがある。
でも、ひとつ引っかかる。
20歳はレコードで音楽を聴いた
ことがない。
純喫茶で待ち合わせた
こともない。
写ルンですの現像を
ドキドキしながら待った
こともない。
「懐かしい」は、
本来は記憶に紐づく感情のはずだ。
体験したから、懐かしい。
あの頃を知っているから、帰りたい。
でも20歳が帰りたがっているのは、
行ったことのない場所だ。
「アネモイア」という名前がある
この感覚には、
すでに名前がついている。
アネモイア(Anemoia)。
2012年にジョン・コーニグが
つくった造語だ。
「経験したことのない時代への
懐かしさ」を意味する。
ギリシャ語の「風」を語源に持つ。
行ったことのない場所から
吹いてくる風、
とでも言えばいいだろうか。
2025年のハリス世論調査
(米国成人2,085名対象)では、
68%が「生まれる前の時代に
懐かしさを感じる」と回答した。
日本でも、ヒロモリ社の
2024年調査(10〜30代518名対象)で、
レトロに関心がある若者は60.2%。
15〜19歳に絞ると66.6%。
3人に2人がレトロに惹かれている。
「懐かしい」は記憶ではない
ここで、言葉の意味がずれていることに
気づく。
「懐かしい」を辞書で引けば、
「以前に経験したことが
思い出されて慕わしい」
と書いてある。
記憶が前提だ。
でも、20歳が昭和に感じている
「懐かしい」は、
記憶ベースの感情ではない。
心理学者の堀内圭子(成城大学)は、
懐かしさを二つに分けている
(『消費者のノスタルジア』成城大学紀要 2007)。
ひとつは、自分の体験から来る懐かしさ。
「小学校の給食、この味だった」
というやつだ。
もうひとつが、
体験していないのに懐かしい、
という今回の話。
こちらは、自分の記憶ではなく、
親の話、映画、写真、SNS——
そういう他人の記憶の断片から
組み立てられている。
つまり20歳が感じている「懐かしい」は、
思い出ではなく、想像だ。
では、何に惹かれているのか
記憶じゃないとしたら、
この引力の正体は何か。
サウサンプトン大学の
セディキデスとワイルドシュットは、
ノスタルジア研究の第一人者だ。
2025年の論文
(European Review of Social Psychology)で、
彼らはノスタルジアの機能を
5つ挙げている。
・自尊心の回復
・人生の意味の強化
・社会的つながりの促進
・「本物の自分」の感覚
・自分が自分であるという連続性
そして最も重要な指摘がこれだ。
ノスタルジアは、
後ろ向きの感情ではない。
本質的に未来志向である。
自信を回復し、
楽観性を高め、
創造的な問題解決を促す。
孤独なとき、不安なとき、
意味を見失ったとき、
人はノスタルジアに手を伸ばす。
それは逃避ではなく、
回復装置として機能している。
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/17540739241303497
ハリス調査でも、
歴史的ノスタルジアを
「現代生活のストレスへの対処に
使っている」と答えた人は63%。
「将来への不安への対処」は62%。
レコードに針を落とす20歳は、
昭和に帰りたいのではなく、
今の自分を立て直そうとしている。
「懐かしい」の成分表
「昭和レトロが好きなんです」
と言うとき、
その裏にあるのは記憶ではない。
「今ここにないもの」への渇望だ。
スマホ通知が止まらない日常の裏返し。
数値化される人間関係の裏返し。
正解を求められ続ける毎日の裏返し。
レコードの回転、
フィルムの粒子、
純喫茶の薄暗さ。
そこに「懐かしい」という
言葉を当てているだけで、
本当は別のことを言っている。
ここじゃないどこかに、
もう少しましな場所がある気がする。
それを「逃げ」と呼ぶ人もいるだろう。
でも心理学は、
それを「回復」と呼んでいる。
知らない時代に帰りたくなるのは、
壊れているからじゃない。
たぶん、直そうとしているだけだ。
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Q. 昭和レトロが好きなのは、ただの流行では?
A. SNSでの拡散やメディアの影響はある。ただ、ハリス世論調査で68%が「経験していない時代に懐かしさを感じる」と答えており、これはSNS以前から存在する心理メカニズムだ。流行が入口になっているとしても、それに反応する心理的基盤がなければここまで広がらない。
Q. ノスタルジアに浸りすぎるのは危険では?
A. セディキデスらの研究では、ノスタルジアは自尊心・楽観性・社会的つながりを高め、孤独やストレスへの対処資源として機能する。「過去に逃げている」のではなく「未来に向かうための充電」に近い。ただし、現実の問題を直視しない言い訳にはなりうるので、回復と逃避の境界は意識しておきたい。
Q. この「経験のない懐かしさ」は日本特有のもの?
A. ノスタルジア研究は世界中で行われており、文化を超えて確認されている。ただし日本では「エモい」という独自の言葉が生まれ、昭和レトロ関連のSNS投稿が260万件を超えるなど、文化的な受容の仕方には特徴がある。
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