「生きづらさ」の正体は、あなたの弱さじゃない。私がnoteを書く理由
はじめに
私が社会学を本気で学ぼうと決めたきっかけ。 それは、ある「課題」に取り組んでいたときに偶然出会った、一つのラジオ番組でした。
当時、私は ナンテール大学 (パリ第10)の留学生コースに在籍していました。 フランスの大学や大学院へ進むために必要な語学力、そして人文社会科学の基礎を身につけるため、日々の授業に必死で食らいついている最中でした。
ある日、授業でこんな課題が出されました。 「ラジオ番組を聞いてその内容をまとめ、クラス全員の前で exposé(発表) すること」
何を話せばいいのだろう。 題材を探してあちこちの番組を聴き漁っていたとき、偶然見つけたのが France Culture(フランス・カルチャー) のポッドキャストでした。
そこで流れていたのは、エミール・デュルケームの『自殺論』についての解説。 その内容を聞きながら、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。人が自ら命を絶つという、最も個人的で孤独に見える決断でさえ、社会の動向と密接に関わっているというのです。
その時、霧が晴れるように気づかされました。 「このように社会を見ることができるのだ」と。
デュルケームに導かれて、ソルボンヌへ
その衝撃は、私を突き動かしました。 「もっと深く、この学問を知りたい」 居ても立ってもいられず、私は社会学を専攻することを決意します。
3つの大学に出願し、幸運なことに、そのすべてから合格通知を受け取ることができました。 しかし、行き先に迷いはありませんでした。私が選んだのは、ソルボンヌ大学(パリ第四)です。
かつて、あのエミール・デュルケームが教鞭を執り、社会学の礎を築いたその場所へ、私は足を踏み入れたのです。
私たちが生きる「見えない規範」
私たちは日々、空気のように漂う「見えない規範」の中で生きています。
空気を読むことが当然とされる
同調しないと「問題のある人」だと思われる
社会の期待に応えられない自分を責めてしまう
うまくいかないことがあると、私たちはつい反射的にこう思ってしまいます。 「自分の努力が足りないからだ」と。
けれど、私たちが抱える不全感や生きづらさの多くは、実は個人の問題ではなく、社会的な構造が作り出しているものなのです。
社会学との出会いが、私を救った
私はかつて日本で働いていたころ、「自己責任論」という重たい鎖に縛られていました。 壁にぶつかるたびに、「自分が弱いから苦しいのだ」「努力が足りないせいだ」と自分を追い込む。その繰り返しでした。
しかし、ソルボンヌで触れた社会学の視点は、そんな私にこう問いかけてきました。
「本当に個人の問題なのか?」 「社会構造や規範が、人を追い込んでいるのではないか?」
デュルケームの『自殺論』に加え、ピエール・ブルデューの「社会的再生産」や「象徴的暴力」。 少し難しく聞こえるかもしれませんが、これらの理論が教えてくれたのは、「個人の最も孤独な苦しみでさえ、社会的な事実として説明できる」ということでした。
私の苦しみは、私だけのものではなかった。 社会全体の構造的な歪みが、私の痛みとして現れていたのだと気づいたのです。
その時初めて、私は心の底からこう思えました。 「ああ、もう自分を責めなくていいんだ」と。
「自己責任論」の呪いをほどきたい
いまも多くの人が、見えない規範に縛られ、「自己責任論」という呪いの中で生きています。
頑張れない自分を責め、うまくいかないことを恥じ、本音を抑え込んで、心が壊れていく……。 声を大にして伝えたいのは、それはあなたの弱さのせいではないということです。それは、社会が作り出した構造的な苦しさです。
私自身が社会学の視点によって救われたように、同じように苦しんでいる人が、少しでも呼吸しやすくなること。それが私の願いです。
なぜ、noteなのか
社会学は、象牙の塔に閉じ込めておくような難しい理論ではありません。 本来は、私たちの日常を解きほぐし、苦しむ人を理解するための「道具」です。
noteという場所には、言葉が静かに、けれども確実に届いていく力があります。 だから私はここで、社会学という道具を使って、日常の景色を言葉にしていきます。
自分がどんな規範に縛られているのかに気づくきっかけ
自分の苦しみに「理由」があると知る安心感
「私は悪くなかった」と言える自由
これらを手渡すためのヒントを、記事として積み重ねていきたいのです。
最後に
社会学は、私の痛みの「正体」を説明し、私を救ってくれました。 だから今度は、私がその視点を誰かに届けたいと思います。
自己責任論に囚われて、一人で苦しんでいるすべての人へ。
どうか、自分を責めないでください。 あなたが悪いのではありません。 あなたの感じる「生きづらさ」には、必ず社会的な理由があります。
私はこれからもnoteで、その理由を一つずつ、丁寧な言葉にしていきます。
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