フランス国民の税金で学ぶ私にできること:社会学を「知的共有財」にするという挑戦
はじめに:届いた「声」への感謝
以前の記事「『生きづらさ』の正体は、あなたの弱さじゃない」には、予想をはるかに超える反響をいただきました。170を超える「スキ」の一つひとつが、まるで「私も同じように息苦しかった」という静かな呼号のように感じられ、執筆した私自身が一番救われたような気持ちです。
今日はその続編として、私がなぜこのnoteを書き続けるのか、もう一つの切実な理由についてお話しさせてください。それは、私が今手にしている「知」という特権を、私一人のものにしてはいけないという「贈与の循環」を巡る物語でもあります。
フランスが私に手渡してくれた「ギフト」
現在、私はフランスの大学院で社会学を学んでいます。ここで学ぶ中で、私がつねに思うことがあります。それは、フランスの公立大学の学費(年間300€程度)は、日本に比べれば驚くほど安価であるという現実です。
なぜ、一介の外国人である私が、これほど質の高い教育を享受できるのか。その答えはシンプルです。フランス国民が納める「税金」が、大学という場所を支えているからです。
私は今、フランス社会という巨大なシステムの恩恵を直接受け、本来なら莫大なコストがかかるはずの「知の最前線」に触れさせてもらっています。これは、社会から無償で手渡された、あまりに大きな「ギフト」なのです。
800本の投稿を経て見えた、知の「共有財」
私は去年の8月から、このnoteで約800本の記事を積み重ねてきました。 それは、「この知恵を、自分一人のキャリアアップのためだけに使い切っていいのだろうか」と自問自答し続けた結果です。
たどり着いた答えは、「ここで得た知見を、日本語の言葉として編み直し、日本の社会へ還元すること」でした。
フランスの社会学は、単なる学問ではありません。それは、人々が自律して生きるための、そして不当な構造から自分を守るための「知恵」でもあります。デュルケームやブルデューといった巨人が残した知恵を、学術界という「象牙の塔」に閉じ込めておくのではなく、日常のあらゆる事象を解き明かすための「道具」としてnoteという共有地で公開したいのです。
「贈与の循環」を、あなたと一緒に
私が目指しているのは、一方的な発信ではなく、「贈与の循環」です。
フランスの市民が支えてくれた「知」を、読者の皆さんが漠然と思っている問題、日本の生きづらさを解きほぐすための「共有財(コモンズ)」として公開する。このnoteという場所を、知恵が巡り、誰かの心を自由にするための広場にしていきたい。そしてnoteというプラットフォームの永続に微力ながら貢献したいのです。
読者の皆さまのご理解とご支援をお願いします。
最後に:あらゆる事象を、社会学の眼で
社会学は、私の疑問や痛みの「正体」を説明し、私を救ってくれました。 今度は私が、その視点を読者の皆さまに届けたい。
身近な人間関係から、働き方、ニュースの裏側まで。私はこれからも、あらゆる事象を社会学という切り口で解き明かし、丁寧な言葉にして届けていきます。
あなたが日頃感じている疑問や「生きづらさ」には、必ず社会的な理由があります。私がフランスで受け取ったバトンを、今度は皆さんと一緒に、次の誰かへと繋いでいけることを願っています。
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