⑯誰にも救われなかった僕が、異世界では“上限なし”
正解が、降ってきた
その日は、やけに空が澄んでいた。
雲が少なく、
音が遠く、
空気が軽い。
嫌な予感は、
いつもこういう日に当たる。
畑仕事を終え、
道具を片付けていると、
胸の奥が、じくりと鳴った。
(……来る)
理由はない。
でも、確信だけがある。
右拳の紋章が、
熱を帯び始める。
「……カイ」
レイヴァの声が、低く響く。
「今回は、
隠さぬつもりらしい」
空が、歪んだ。
排除者のときのような
無音の歪みじゃない。
はっきりとした“演出”。
光が降り、
影が伸び、
人々が、空を見上げる。
村の中央に、
“像”が現れた。
人の形。
だが、人ではない。
均整の取れた顔。
整いすぎた声。
《観測対象:カイ》
《世界調停機構 管理意思
アーカ》
名乗りは、
もう必要ないらしい。
(……直接、来た)
人々が、
ざわめく。
「……神?」
「……精霊?」
「違う」
レイヴァが、
静かに言う。
「正解を名乗る者だ」
《選択の再提示を行う》
アーカの声は、
村全体に届く。
《カイ》
《あなたは、
世界の歪みを是正可能な存在》
《これまでの干渉は、
“猶予”である》
……猶予。
《今、
明確な選択肢を提示する》
空に、
光の像が浮かぶ。
ひとつは、
整った未来。
村は守られ、
争いは起きず、
災厄は遠ざけられる。
代償は、
役割。
世界の歪みが生じた場所へ赴き、
処理し、
戻る。
《あなたは、
世界に歓迎される》
《居場所は、
保証される》
人々の視線が、
一斉に僕に向く。
期待。
安堵。
縋るような目。
(……ああ)
(……これが、“正解”か)
もうひとつの像は、
曖昧だった。
守られる保証はない。
災厄は起きるかもしれない。
世界は、敵のまま。
だが。
《拒否した場合》
《世界は、
これ以上の保護を行わない》
《人の選択は、
常に危険に晒される》
《あなたと関わる者は、
その影響を受ける》
……脅しだ。
でも、
理屈としては、正しい。
「……世界は、
分かりやすいな」
思わず、
口から漏れた。
「“正解”を選べば、
皆が助かる」
「選ばなければ、
誰かが傷つく」
レイヴァが、
一歩、近づく。
「それは、
正解ではない」
「服従だ」
人々の声が、
少しずつ大きくなる。
「……やってくれるんだろ?」
「君なら、
できるって……」
「村を、
守ってくれ」
善意。
恐怖。
期待。
全部、
嘘じゃない。
だからこそ、
重い。
(……前の世界と、同じだ)
空気を読め。
期待に応えろ。
皆のために、
自分を削れ。
「……カイ」
ミレアの声が、
震えている。
「無理しなくていい」
「でも……」
続きを、
言えずにいる。
(……皆、
“正解”を欲しがってる)
(……簡単で、
分かりやすくて、
安心できる答え)
深く、
息を吸う。
心臓の音が、
うるさい。
でも、
逃げない。
「……アーカ」
名前を呼ぶ。
像が、
こちらを向く。
「それ、
“選択”って言わない」
「最初から、
片方に重りを乗せてる」
《世界は、
安定を最優先する》
「知ってる」
一歩、前に出る。
「でも」
拳を、
胸の前で握る。
「正解を選ぶために、
人が選ぶことを
やめるなら」
「それは、
守ってるんじゃない」
「壊してる」
静寂。
世界が、
言葉を失ったように見えた。
《……記録》
アーカの声が、
少しだけ低くなる。
《あなたは、
世界の提示を拒否した》
《以降、
干渉は段階を上げる》
光が、
ゆっくりと消える。
空が、
元に戻る。
村に、
音が戻る。
誰も、
すぐには口を開かなかった。
夜。
家の中で、
レイヴァが言う。
「もう、
戻れんぞ」
「うん」
即答だった。
「……怖くない?」
少し考えてから、
答える。
「怖いよ」
「でも」
「正解を選び続けた先に、
僕の居場所はない」
レイヴァは、
静かに頷いた。
「ならば、
覚悟は十分だ」
外で、
風が鳴る。
世界は、
もう隠していない。
次は、
もっと露骨に来る。
それでも。
僕は、
選び続ける。
読者のみなさまへ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この章では
世界が“正解”を提示し、服従を迫る瞬間を描きました。
善意の顔をした干渉が、
最も厄介な形です。
もし
「この拒否がどう波紋を広げるのか気になる」
「世界が次に何をしてくるのか知りたい」
と感じていただけたら、
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