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巨星メデジンに墜つ

アルゼンチンタンゴに神様がいるとしたらそれはカルロス・ガルデル。彼は二十世紀はじめの世界的タンゴのブームを牽引した大歌手であり、作曲家、おまけに映画スターでもありました。
(タイトル写真 by Manuel Cortina

 パリ、ニューヨーク、バルセロナ、マドリッド……ラテンアメリカにとどまらず世界中を飛び回っていたスーパースターは、しかし、その人気絶頂の1935年に飛行機事故で亡くなってしまいます。この悲劇も加わって、彼のイメージは時間の中に閉じ込められ神格化し、粋な帽子をかぶって微笑む顔やタキシード姿で歌う彼の写真や銅像が飾られた場所には、ロウソクがともっていたりロザリオが添えられていたり、祠か祭壇の趣がある所も少なくありません。

 Museo Casa Gardeliana はその名の通り、ガルデルをしのび称えるためつくられたミュージアムで、コロンビアのメデジン(Medellín)にあります。なぜメデジンかというと、ガルデルが亡くなった飛行機事故がここの Olaya Herrera 空港で起きたからです。事故の後、彼の棺はメデジンの墓地に埋葬されたのですが、その後掘り出されてニューヨーク、リオデジャネイロ、モンテヴィデオを回り、各地でファンの弔問を受けた後、最終的にブエノスアイレスのチャカリータ墓地に埋葬されました。国家元首をかるく超えるこの扱い、初のラテンアメリカン・スーパースターといっていいガルデルの人気の凄さがうかがえる話です。その後も様々なガルデル神話は続き、今もタンゴカルチャーに影響を与えています。例えば、ガルデルは事故の直前大ヒット曲 Adiós muchachos を口笛で吹いていたという話があって、真偽のほどは定かでないのですが、ジンクスを嫌うブエノスアイレスっ子は今でもミロンガダンスホールでこの曲をかけない、とか。

タンゴ in コロンビア

 悲劇的なつながりはさておいても、コロンビアはタンゴ人気が根強い国です。メデジンだけでなく、首都のボゴタ、カリ、マニザレスなどでは20世紀前半に農村部から人口が流入して大都市化がすすみ、その人たちの間でダンスもふくめてタンゴが大流行しました。それが今に続くコロンビアのタンゴ文化につながっているのだそうです(関連記事はこちら)。これらの都市ではアニバル・トロイロやアストル・ピアソラを含めた多くの人気ミュージシャンも演奏してきました。

 このようにみてみますと、コロンビア勢のタンゴダンス界での存在感も驚くにはあたりません。 2003年からブエノスアイレスで開催されてきたタンゴワールドカップの優勝者だけをみても、Carlos Alberto Paredes と Diana Giraldo Rivera(2006年ステージ部門)、Diego Benavidez Hernández と Natasha Agudelo Arboleda(2011年サロン部門)、Valentin Arias Delgado と Diana Franco (2020年 ステージ部門)、 2023年サロン部門は Suyay Quiroga と Jhonny Carvajal というアルゼンチンーコロンビア・ペア、と挙げる名前に事欠きません。(タンゴ競技会の部門分けについてはこちら

 ……なんて偉そうにいってますが、私もコロンビアというとサルサのイメージが強くて、タンゴも盛ん、という話にピンと来ていなかったのですが、2018年のタンゴワールドカップで、惜しくも優勝を逃したValentin Arias DelgadoDiana Franco のラテンアメリカ的色合いが感じられるパフォーマンスが新鮮で(そのビデオはこちら)、それ以来コロンビア勢のダンスに大注目しております💕。

 コロンビアでは長く続いた内戦が2016年ついに全土で停戦となり、麻薬カルテルの支配下に陥っていたメデジンも秩序を取り戻して、「奇跡」といわれる復活を遂げました。特に、市の中心部とスラムのある丘陵部をケーブルカーでつなぎ、スラムの人たちが仕事や教育、医療その他の市民サービスに簡単にアクセスできるようにしたことが、貧困と犯罪を劇的に減少させ、市の再生につながったのだそうです。今では世界で最も危険な都市といわれたかつての面影はなく、観光客も戻ってきているとか。また復興に伴って市はをタンゴは市の重要音楽・ダンスとして認定し、伝統のミロンガも息を吹き返したそうです。「(農村部も含めた)国全体が立ち直るまでにはまだ何年もかかる」とコロンビアの人たちは口々にいいます。でも、タンゴフェスティバルも再開されたし、少しずつでもいい方向にむかうといいですね!!
©2005 Rico Unno CC BY-ND


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