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ダンスの対価

「タクシーダンサー? ああ、知ってる。アメリカとかでやってるんでしょ?」
きゅっと持ち上げられた彼女の片眉が、はっきり、ワタシの趣味じゃないけど、といっている。
(タイトルイメージ:Photo by Alexander Grey on Unsplash

タクシーダンサーとはダンスパートナーを連れずに一人でミロンガタンゴパーティにやってくる客のために主催者が準備するダンサーのことです。ミロンガでは参加者がみなお互い誘い合って踊るのが基本なので、一人で参加することに問題はないのですが、現在のミロンガでは女性客、それもフォローだけの人が男性・リーダーより多いことが常態化しているので、頭数を合わせるため、タクシーダンサーは男性リーダーであることがほとんどです。

「タクシーダンサー」という言葉はタンゲーロスの中に様々な感情、それもネガティブ寄りの感情を呼び起こすようで、あまり大っぴらに議論されることがありません。議論されないってことは、みんな興味ないのか、というとそうではなく、以前ちらりとふれたら、ソコんとこどうなってんのよ、もったいぶらずに教えなさいよ、というようなヴァイブがジワリきたので、もったいぶらずに書いてみることにしました。


アメリカのケース

まず、どこの、どういうミロンガだとタクシーダンサーがいるのか。冒頭のタンゲーラの印象ではアメリカ(USA)らしいのですが、アメリカでもコミュニティの肩の凝らないミロンガなどではタクシーダンサーと呼べるような人はいないと思います。そういうミロンガには、踊れた踊れなかったは時の運、とみな割り切ってやってくるし、オーガナイザーも細かいことまで面倒はみないからです。

そうすると、タクシーダンサーがいるのは、ある程度大きくてプロフェッショナルにオーガナイズされていて、参加者の方も、いつもより素敵な時間を過ごそう、と意気込んでやってくるようなミロンガ、ってことになりますかね。そういうミロンガは……と探してみたらありました、アルゼンチンタンゴUSA。TangoBA ムンディアルの予選も兼ねてのフェスティバルで、有名ダンサーのワークショップに、昼・夜のミロンガが目白押し。そしてサイトにはしっかり、

個々のタクシーダンサーの略歴もちゃんとのっているし、タンダ音楽3‐4曲分ごとの料金、予約のしかたもしっかり説明されていて、大変明朗で大変結構。

さらにいいな、と思ったのは、タクシーダンサーたちが、ただダンスが上手い、っていうだけでなく、人間的にもしっかりした、主催者やコミュニティから信頼されている人たちだ、っていうことがちゃんと述べられてところ。そういう人と踊るんだ、っていうことが頭に入っていれば、酔うようなフェスティバルの空気の中でも、どこかにクールを保って踊れる感じがしますね~。

他の国のフェスティバルでも、タクシーダンサーがいますよ、とチラシの隅などに書いているところもあるので、別にアメリカだけの現象じゃないのかなとは思いますが、ここまであけっぴろげに宣伝してしているのはさすがアメリカ。オープンにすることで、お金が介在することで発生しがちなグレーゾーンをなくそうとしているところなどは参考にする価値ありかも。

ベルギ―のケース

いかに明朗であっても、タクシーダンサーと踊るって、ある意味勇気いりますよね。そこで面白かったのは、ベルギ―であるミロンガをオーガナイズしている人の話です。彼のミロンガは価格を抑えめにしていて、オーガナイザー側もほぼ手弁当なので、お金がかかるタクシーダンサーはイベントの趣旨にそぐわない。それでも、ミロンガの人気が高まるにつれ皆がそれなりに踊る機会を確保するのが難しくなってきて、一度だけ、スペシャルミロンガの折にタクシーダンサーを入れたことがあるそうです。その時、彼が考えたのは、

  • フォロワーだけでなくリーダーも、ホントは上手いダンサーと踊りたい。でもシャイで名高いベルギー人はよっぽどのことがない限り、自分より上手い人やプロにダンスを申し込む勇気がでない。

  • でもベルギー人は人助けが好きだ。だから、タクシーダンサー代は善意の団体に寄付するということにすれば、人助けにもなるならお金を払ってプロと踊ってみようかな、という気になる人も出るだろう。

  • タクシーダンサーになってもらうのは、地元のタンゴ教師やプロのダンサーで、趣旨を説明して、もちろん彼らのレッスンやパフォーマンスを宣伝できる機会はつくって、ほぼチャリティーなギャラで引き受けてもらえるようお願いする。

という作戦。さすが、地元の状況を知り尽くしている人ならではのアイデアですね✨。また彼の考えたタクシーダンサーには男性だけでなく女性もはいってる、ってとこもミソですね。で、結果はというと、プロたちはリーダーもフォロワーも喜んで出てくれて、タンダの予約も完売、収益も約束通りがん研究を推進する団体に寄付したとかで大成功。じゃあ、その後もタクシーダンサーを入れてるのか、というと、

「いやあ、あれ一回だけ。だってね、常連がいうんだよ『憧れのダンサーと踊れてすごく幸せだったけど、(お金を払ったんだって思うと)かえって緊張しちゃって……』って。だから、あれ一回だけ。」

いや~正直。確かにダンスにお金が介在することを心理的に処理するのは、そんなに簡単ではないかもしれませんね。

ブエノスアイレスのケース

そして最後は本場ブエノスアイレスの例。地元の人に支持されてきたミロンガをいろいろあって引き継いだ、というカップルの話で、以前も紹介した Lucas Antonisse のインタビューのひとつで紹介されている例です。

ルカスにインタビューされているのは、ジョニーこと Jonatan Rojas とパートナーの Norma Avalos。ジョニーはティーンエージャーのころ今では伝説のミロンガ Lo de Celia でウエイターとして働き始めました。その名のとおり Lo de Celia はタンゴを心から愛した Celia Blanco がわが子のように育ててきたミロンガで、昔ながらのスタイルのミロンガを愛するタンゲーロスに人気がありました。そこでジョニーはオーガナイザーの仕事の実際(一晩中続くミロンガを支えるための人的・金銭的負担の重さ、いつも突然やってくる行政当局の理不尽な規制など)を目の当たりにし、フロアスタッフの域を越えて、いろいろなことを手伝うようになります。はじめは踊ることに全く興味がなかった、という彼ですが、ちょっと踊れるようになっておきなさいよ、というまわりの勧めもあって、ダンスを始め、リーダーが足りない時などは助っ人で入ったりもしたそうです。

家族のような親密さで運営されていた Lo de Celia ですが、セリアが病気で亡くなったあと、新しく入ったマネージメントのやり方が常連たちに合わず、ミロンガは存亡の危機に立ちます。そんなとき、昔からのやり方を知っている人をオーガナイザーに、という常連たちの声におされ、ジョニーとノルマは週に数回 Lo de Celia でミロンガをオーガナイズをするようになりました。彼らの話はいろいろな示唆に富んでいて、またミロンガに集う人達への愛に溢れていて、要約で済ますのは惜しいですが、ここは涙をのんで、タクシーダンサー関係のことだけにします。(お時間があればぜひビデオを全編とおしてご覧になってください。)

さて、ジョニーとノルマのミロンガでは、
「知り合いの若い奴2、3人に頼んで(タクシーダンサーとして)入ってもらっている」のだそうです。そこでジョニーはタクシーダンサーに、
「(客の女性たちが)焦げ付いちゃう前に動かしてやって、って頼んでいる」のだそう。

「あるんだよ、負のサイクルが。『彼女ずっと座ってるな……誰も誘わないってことは、それなりの理由があるんだろう』で、さらに誘われないっていう。だから、そうなっちゃう前に(彼女らを)ダンスフロアに引き出して、うまくパーティの波に乗れるように、いつもに気をつけてやってよ、っていってるんだ」

ノルマも言葉を添えます。
「私もタンゲーラだから、ミロンガで誰も自分を踊りに誘わない、っていうのがどんなに辛いかよくわかってる。だから、オーガナイザーとしてできる限りのことはしたいのよ」

また、フロア関係のオペレーションも昔ながらで、
「ミロンガに来た人には、ようこそ、ってちゃんと挨拶して、席まで案内する係もいる。(席の)予約もできるかぎりみんなの意に添うように、って考えて位置を決めてる」
「ダンスフロアのエネルギーにもつねに気をつけてるよ。なんだか元気がないな、っていう時は、DJのところにいって、おい、もうちょっとみんなが(フロアに)出てくるようなのかけてよ、って頼んだり」

う~ん、この理解と気配り、そしてフロアスタッフ、タクシーダンサー、DJも含めたオーガナイザー側のチームワーク。……みんなをハッピーにするのは簡単じゃない。お金もさして儲からない。でも誰かをハッピーに出来たら、それはなにものにも代えがたい。ミロンガを運営するってどういうことか、ブエノスアイレスの伝統の知恵と底力が感じられますね。

ふうむ。ややあると独り歩きをしがちな「タクシーダンサー」という言葉、でも、どうやらポイントはそこじゃないみたい。その向こうにみえるのは、ミロンガにやってくる人たちのいろいろな思い。思いっきり踊りたい、上手い人と踊りたい、自分が属すると感じられる場所で踊りたい……その望みをかなえるために払うのはお金だけでなく、練習や準備にかける長い時間だったり、理想と現実のギャップに直面することだったり、今はもう失われてしまった場所を再現する手間だったり。まったく、私たちなんでこんなややこしいことタンゴやってるんでしょうね。……まあ、そこが遊ぶ大人の愚かしくも愛しいところかもしれませんが。
©2025, Rico Unno, CC BY-ND


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