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需要はなくても、今更ながらの自己紹介✨


(需要ないかもしれないけど)今更ながらの自己紹介。



✨高校生の時、初めて障害児者福祉の分野の活動に関わる。


私は、3兄弟の末っ子として生まれ、
自分が家族の中でいつも一番下というポジションだったせいか・・・
親戚の子や近所の子をお世話するのが好きでした。

大人になったら、
幼稚園の先生になりたい。
ぼやっとだけど、そんな将来が見え始めた頃

進学先の高校の目の前に、
障がいを持った方の作業所がありました。
ボランティア活動で、たまにお邪魔する内に、
「障がいを持っていても、明るく自分の価値観を大切にしながら生きている」方たちの世界観にふれていきました。

徐々に、この独特の世界観に興味を持った私は、
高校の活動以外でも活動に参加するようになりました。

幼稚園の先生に憧れていた自分ですが、
活動を通して、「通常とは違う発達や育ち方」「特別なサポートを必要とする」子供たちに興味を持ち、障害児者に関する福祉や心理学を学べる短大に進学しました。

卒業後は、在学中から働いていた障害児の施設で、そのまま勤務を継続しました。

結婚や子育てなどのブランクを得て、現在は成人の方の施設で支援のお仕事をしています。


そんなこんなで現在も福祉の仕事に携わらせて頂いているのですが、
そんな私にもブレイク期間が。

✨20代の数年間程・・・福祉以外の仕事がしてみたいという好奇心から、色々な仕事を短期スパンでしていました。

【大変だった/合わなかった仕事】


◆派遣で事務の仕事(仕事合わず、すぐクビに💦)

◆派遣会社の裏方仕事
毎日片道通勤2時間+ハードな業務。倒れる寸前まで自覚症状なく出社。会社からは、何度もの左遷をくらうが、それでも意地の使命感で頑張った結果、数か月程で適応障がい⇒退職。

当時の上司からは、極めつけに「(利益をあげないと)笑顔があるだけでは、だめなんだよ。」と一撃の言葉をかけられ、採用の時から世話してもらい信頼していた上司だったので今でも少しトラウマ。その後の職場で、素敵な上司達に会えて、少し傷が癒えてきているところ。

◆大手パン工場での仕事
ルーティン業務なので、慣れてくると眠くなります💦長時間の淡々とした業務なので、結構、辛かった。

【楽しかった/合っていた仕事】


☆フリーの日本語教師
個人契約/期間契約の仕事。この仕事は、今でも覚えている程、めっちゃ楽しかった。中国人の方に日本語を教える仕事。オフィスに出向いたり、カフェで教えたり。今は、日本語教師も制度が整って、私みたいなエセ玄人は、こういう仕事は出来ないと思うので、貴重な体験でした。

☆英会話学校の受付業務
個人経営の英会話学校だったので、結構マイペースに仕事が出来ました。休憩時間に外国人講師とフリートークするのが楽しかったです。上司や同僚の方も良い方ばかりのアットホームな職場でした。

【やりたかったけど、諦めた仕事】


◎個人で障害者児の支援業務
今でいう同行支援やヘルパーみたいなお仕事を個人事業主でしている方のお手伝い。
福祉の仕事ということで、興味はありました。何回かメールでやりとりした後、実際にお会いしてお話も伺ったのですが、結局、話が流れてしまったので、その後、縁はなく終わりました。

こう書き出してみると20代の頃なので、冒険していたな。
当時は、フリーランスみたいな時期もあり、定職にも就けず、お給料も安定せず辛いと思うことも多かったのですが・・・
今、思えばその時だからこそできた貴重な経験だったと感じています。


✨仕事以外にも、
20代前半の時にカナダ、ニュージーランドにも留学しています。




✨過去に適応障がいや精神疾患になったことをきっかけに
自分の性質や特性について知りたいと思い、DNAマトリクス診断というDNA検査を受けてみる。









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