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一部公開|『緩和ケアにやりがいなんて、あるんですか?』(金原出版) 第1章「深淵に出会った日」


※この画像は、まだ本になる前の姿です。束見本つかみほん

発刊が近づくにつれて、
あらためて緊張するというか、恥ずかしいというか、なんとも身の置きどころがないような気持ちになっております。

いまさら、なのですが……

かなり自分の赤裸々な部分を書いているので、まるで裸で高崎イオンの中を歩いているような気分です。

冗談はさておき。

担当編集者の方と相談しまして、発刊前に少しずつ、本文の一部を公開させていただくことにしました。

まずは第1章「深淵に出会った日」から、冒頭の数ページです。

この本がどんな空気をまとっているのか、少しでも感じていただけましたら幸いです。

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第一章 深淵に出会った日

最後尾の医療

大学病院ではない。◯◯医療センターのような大きな総合病院でもない。
そんなドラマに出てくるような、華やかな最先端医療の現場とはほど遠く、かといって在宅医療のようなハートウォーミングな現場でもない。

わたしが今いるのは、地方の療養型病院——。
病後に寝たきりになってしまった高齢者。酸素投与や痰の吸引が慢性的に必要であったり、食事がとれず胃ろうから栄養を投与している患者さん。そんな映像が浮かぶ方もおられるだろう。
世間一般からはいわゆる老人病院と言われたりする。「最先端医療」から見たらその反対側の「最後尾の医療」、いわば医療の端っこである。目立たず、泥臭く、地味な医療の現場だ。

賞賛もなく、拍手もない。
それらを求めてもいないし、その存在も忘れてしまった。
いずれにしても、わたしは日々ここで患者と向き合っている。しずかに、しぶとく、命と向き合っている。
限られた医療資源、十分とはいえないスタッフの数、療養環境も大病院と比べればさみしい限りだ。ただそこで、最小限の手持ちの武器を使い、知恵を凝らして最大の結果を出そうという取り組み。それは醍醐味でもある。

それにしても、臨床現場は迷いの連続だ。
この患者への最良の治療はなんなのか、何ができるのか・できないのか、どこまでやるのか・どこでやめるのか、本人や家族の望みは? 考えれば考えるほど、悩みは尽きない。
迷い、葛藤、苦悩の連続——。
よかれと思って努力したことが、かえって裏目に出ることもある。

しかし、その迷いと、地味で泥にまみれた日々こそが、〝生きる〞そして、〝死ぬ〞ことの核心に触れているような気もしている。自分自身でもそんな環境が性に合っているのかもしれない。もともと、苦しいような、厄介な状況をあえて求めるような性質があるからだ。

「あなたはいつも、大変なほう、大変なほうに行こうとする」

母はかつて、わたしに何度もそんな風に言ったことがある。

振りかえると、確かにわたしの人生も迷いの連続であった。
なにせ、医師になってからも、救急→総合診療→緩和ケアと専門を変えている。診療科を3つ変える医師はなかなか見当たらないのではなかろうか。人事担当者が経歴を見たらきっと、この医者、大丈夫かなと怪訝な表情をするだろう。

はじめから緩和ケアを目指していたわけではなかった。さまざまな縁や状況に左右され、流れ着いた先が緩和ケアだったのだ。
ただ、今思うと、いろいろやってきたことの辻褄が現在になって合致したようであり、伏線が回収されたようにも思う。自分のなかの奥底はこの場を希求していたような……。

なぜ、こうなったのか。
なぜ、ここにいるのか。
その答えのようなものは、もっとずっと前の、まだ医師になる前の迷いの時代にあったと思う。
自分はかつて、人生のなかでも似たような場所に立っていた。医師になる前、進むべき方向を見失い、深く暗い、迷いの底に沈み込んでいた時期があった。

深淵に出会った日

医学部に入学して間もないころ、わたしは深い鬱の状態に陥っていた。

なんであんなに悲観的になっていたのか。なんであんなに死ぬことしか考えられなかったのか? 今となってははっきりと説明することはできない。
ただ、将来への不安、自分への嫌悪、人との比較、劣等感——。
そういったものが少しずつ積み重なって、ある日突然、心の底が抜けたようになった。

入学前に1 年の浪人生活を送ったのだが、自分が「社会のレール」から外れてしまったように感じていた。何の役にも立たない、無為な存在なのではないか。そんな思いが、いつもじわじわと心を蝕んでいた。
医学部に入ってからも、その感覚は完全には消えなかった。いつも、どこかに「生きることに意味はあるのか?」そんな問いがあった。

特に、大学受験が差し迫ったころからだったと思う。
つらいことがあると、安直に「死んでやろうか」と考えることがあった。深刻な決意というより、逃げ道の一つのようなものだった。あるいは、癖のようなものか。
浪人時代、受験がだめだったら死んでしまおうか、と本気で考えたこともある。実際には運よく合格したのだが、その「死んでやろうか」の癖が消えることはなかった。

入学して、数年が経ったころ。
恋愛のもつれ、同級生との気持ちの行き違い、退廃的な思考、アルバイトの過多、生活リズムの乱れなどが重なり、精神は一気に不安定になった。

ある日、食後ただ休んでいただけのとき、
急に、

「あ、このままだと自分の頭が狂ってしまう」

そんな感覚が突如襲ってきた。
ものすごい恐怖感とともに、それは確信的であった。
いま思えば、パニック発作の症状であろう。そしてそれは、その後、起こる事態の予震のようなものだった。

(つづく)

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『緩和ケアにやりがいなんて、あるんですか?』(金原出版)

2026年6月24日発売予定です。
ご興味をお持ちいただけましたら嬉しいです。


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高橋 有我| Yuga Takahashi ありがとうございます!