人生をやり直すのに遅すぎることはありませんでした。
2026年6月28日加筆修正し無料記事にしました。
※この記事は、以前書いた「体はずっと知っていたのに、私は17年も無視していた」の続きのような内容です。
朝、目が覚めた瞬間。
「今日、行きたくない」
50歳を過ぎて、新しい職場に採用された。
正直、奇跡だと思った。
だからこそ、怖かった。
ここで頑張らなければ、もう次はない。
採用されたことが、ただうれしかった。
「私がやらないといけないんだ。」
だから、飲み込んだ。違和感も。引っかかる言葉も。非協力的な空気も。
「おかしい」と思う瞬間は何度もあった。
でも、きっと私の勘違いだ。
まだ慣れていないだけだ、と言い聞かせていました。
「私が悪いんだ。」
頑張れる。まだ大丈夫。私ならできる。
朝、目が覚めた瞬間、
「今日、行きたくない」
たったそれだけの言葉を、毎日なかったことにした。
重い体を、布団から引きずり出す。
行けばなんとかなる。行けば大丈夫。
そうやって、何日も、何か月も、何年も、やり過ごしていました。
でも、体は正直だった。
出勤前になると、喉の奥に塊が生まれる。
胸と胃が、ぎゅっと締め付けられる。
下痢になって、トイレから出られなくなる。
「これくらいで休んだらダメだ」
「みんなも、あの職場環境に我慢してる」
「ここで辞めたら終わりだ」
「やっと手にした正社員を、手放したくない」
「負けたくない」
誰に言われたわけでもない。
自分の頭の中で、何度も繰り返していた言葉。
でも、それって。
本当に【正しい我慢】だったのか。
しがみつくほど【価値のあるもの】だったのか。
ある日、「ぶちっ」 脳内で、糸が切れる音が響いた。
でも今なら分かる。
壊れたんじゃなかった。
止まったんだ。
これ以上進んだら、本当に戻れなくなる。
そのギリギリで、体が勝手にブレーキをかけた。
それはじわじわと迫ってくるような、
圧力を感じる日々の中の出来事だった。
ある言葉を浴びせられた日。
辞めた後、私が最初に感じたのは後悔では、なかった。
でも、それは「清々した」でも「解放された」でもなかった。
もっと静かで、もっと複雑な感情。
その正体を、ここから書いてみます。
今も我慢して働いている人。
休んでいることに罪悪感を持っている人。
辞めた選択が正しかったのか、まだ迷っている人。
そのどれかに当てはまるなら、この先はきっと他人の話では終わりません。
もう、気づいているはずです。
小さな職場。
忙しく余裕がない。毎日、今日だけをやり切るのが精一杯。
上からの言葉が、少しずつ積み重なっていく。
周りの同僚は上手く交わしていた。
聞き流していた。真正面から受け止めたのは、私だけだったらしい。
毎日のように細かい指摘を受ける。
ひとつひとつは小さなこと。
でも、その積み重ねで、自信は少しずつ削られていく。
ある日、
人格まで否定されたように感じる言葉をかけられた。
今でも、その一言だけは忘れられません。
夕方には、もう限界。
トイレに駆け込んで、泣いた。
仕事で泣いたのは、あれが初めてだった。
嗚咽が止まらず、口を両手で覆い、声を殺した。
自席に戻っても、まだ言葉は続いた。
そのとき、初めて言い返した。
「私はそんなに不真面目に見えますか?
やる気がないように見えますか?
いつでも真剣に、まじめに、精一杯取り組んでいます。」
自分でも驚くくらい、強い声だった。
ずっと飲み込んできたものが、本能で口から飛び出していった。
心の声が出てしまった、と言ったほうが合ってるかもしれない。
職場に入ってから、喉の奥の異物感が取れなくなっていた。
内科では「更年期障害のひとつ」と診断され、漢方を飲み続けた。
でも異物感は大きくなるばかり。
心療内科の予約を何度もためらった。
心療内科へ行く=弱い人間。
そう思っていた。
それでも、辛さが勝って受診した。
診断名は「適応障害」。
医師からは、
「まずは環境を変えることも考えてみましょう」
と言われました。
その言葉を聞いたとき、ほっとした、
などという簡単な言葉では言い表せない
安堵感を抱いて診察室を出た。
気のせいじゃなかった。
弱さでもなかった。
体と心が出した、正直な答えだった。
やっと辞める理由ができた。
心の中では、即決だった。
すぐに診断書を職場へ渡すことにした。
もう自分で説明しなくていい。
これが今の私の状態だと、はっきり形になった。
そのとき、やっと自分のために動いたと思った。
逃げじゃない。守ったんだ。
退職が決まって、正直ほっとした。
診断書があることで、話は早かった。
が、すんなりと行かない事もあった。
これが最後と考え方を変え、
圧力がかかった物言いに耐えられた。
退職後。
朝、目が覚めても「行かなきゃ」と思わなくていい。
あの声を、もう浴びなくていい。
それだけで、体が軽くなった気がした。
でも、その感覚は長く続かなかった。
退職して数日経つと、別の気持ちが出てきた。
「このままでいいのか」
働いていない自分に、強い違和感があった。
周りは普通に働いている。
同年代も、もっと大変な中で頑張っている。それなのに、自分だけが止まっている。
もう一度、戻れるんじゃないか。
少し我慢すれば、やり直せるんじゃないか。
試しに、出勤を想像してみた。
朝起きて、支度をして、あの場所に行く。
そこまで考えたとき。
体が、はっきり拒否した。
理由じゃない。感情でもない。
ただ、「無理だ」と分かった。
頭では戻ろうとしているのに、体がそれを許さなかった。
そのとき、やっと理解できた。
私はサボっているんじゃない。
もう戻れないところまで、無理をしていたんだ。
そして気づいてしまった。
あの職場に戻れないんじゃなくて。
あの頃の自分には、もう戻れないのだと。
何かが、永久に変わった。それが怖かった。
辞めて、1年が経った。
あの頃の私は、「辞めたら終わり」そう思っていました。
でも終わったのは、無理を続ける毎日でした。
あの日、
止まったからこそ、
今の私は、ここにいます。
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