医療から学んだ〜行動力と感謝と尊敬の心〜②
前回の続きです。
お読みになっておられない方は是非👇
服薬の重要性について
ではもっと具体的な病名を用いて、
少しの誤解を解いてから
服薬の重要性について
「理学療法士として服薬してもらう側」と
「服薬する側の実体験」をもとに記載していきます。
あくまでも私の個人の考えです。
しかし、理学療法士が行う治療内容自体には、正解はなく、それぞれの考える必要なアプローチや得意な手法を用いて提供することが一般的です。
五十肩とはそもそも・・・
皆様は
「四十肩」や「五十肩」
という言葉を耳にされたことが
1度はあると思います。
また、リハビリテーション実施の際にも、先生にこう言われたと説明してくださる方がおられます。
実際には、病名は伝えられていると思いますが
「分かりやすくいうといわゆる〜」
という説明を医師が加えられることが多いためです。
ここで、まず申し上げたい。
そんな病名はありません!
病名は「肩関節周囲炎」という認識が適切です。
そんなたかが名前なんて、思われるかもしれませんが、それが危機意識の違いを生むのです!!
「五十肩」の呼び名の歴史
ここで少し小ネタ挟みます。笑
私は患者さんへ説明する際にもお伝えすることが多いです。誤情報は訂正しなければいけないですからね。
由来としては、江戸時代中期に編纂された書物から今に至るまで言い伝えられているとされています。
まさか、医療を深掘りすると日本史につながるとは!と思いましたが、結構あります😏
以下がその記録です。
五十肩は、江戸時代の書物『俚言集覧(りげんしゅうらん)』にはじめてあらわれた言葉であり、そのなかに「長命病という」との一節もあります。
ここで質問です。
江戸時代で50歳と聞くとどう思われますでしょうか?
・普通かなー
・そんなに生きられるんかな?
・長生きに入るやろう
と思われる方が多いのではないでしょうか。
正解は・・・💡
最後の長生きしていたことになるのです!
先ほど長命病と出てきていましたね笑
江戸時代の50歳は超高齢者です。
たたでさえ、戦乱の時代であり、
病院もなければ、医療が発達していない中で生き残られているのですから。
でも今じゃ考えられないですよね。
それほど過酷な時代だったのだと、今は考えることも多々えりますが、何より安全であることに感謝ですね😌
結局、「五十肩」とは、
長寿の証
としてそう呼ばれていたにすぎないのです。
五十肩との向き合い方
「五十肩」の江戸時代の方々の解釈として、
私の見解は、
「長生きしたから肩の限界なんだろう」
「あそこのおじいちゃん方痛くなったんだって!」
「よー長生きしたなぁ」
ぐらいのニュアンスだったのかな?💭
と認識しています笑
(「四十肩」に関しては、
五十肩の派生ではないか?と言われています。)
それが現代でも語り継がれ、信じられていることに知った時は驚きました!!
しかしそう聞くと、五十肩でもいいじゃん別にと言われる方もいます。
実際、江戸時代でもほっといても治る人がいたこともまた記録として残っているようです。
しかし、今を考えてみるとどうでしょう。
人生「100年」時代です。
50歳なんて半分ですよね?
寿命が短い時代はそれでもよかったかもしれません。
しかし、
実際は、個人差はありますが、痛みや可動域制限によって休職せざるおえない方もいます。
それほど生活に支障が出ます。
また痛みの長期化によって、精神的に追い詰められる方もいるくらいです。(実際に研究されています)
私としては、
痛みは身体のSOSとして考えていただきたいです。
これは切に願います。
50歳代となると、
ちょうど、お仕事における責任が
大きく、重くなり、治療<仕事の年代
にに差し掛かると思います。
ただ!!
だからと言って、
身体のSOSを放置すること禁物です!
言い方の違い=意識の違いを生む
みなさんどうでしょうか?
ここまでお読みになってくださり、
肩関節周囲炎と言われるのと
五十肩と言われるのと
なんか違いそうな気がしませんか?
後者の方がほっときゃ治りそうなな気がします。
一方、前者の方はなんかヤバそうに感じませんか?
実際、五十肩だと舐めていると
リタイアした後に、
病院通いの日々が待っているかもしれません。
理想としていたリタイア後の生活とかけ離れ、悔しがっている人を何人も見てきました。
また、痛みに苦しむことになるかもしれません。
精神的なものと闘うことになるかもしれません。
そうなれば、
今は良くても、
未来からみた今を後悔することになるでしょう。
結局、健康第一とはよく言ったものです。
そうでなければ、
結果として人間関係も仕事も遊びも何もかもがつらく、しんどいものに変わります。
それほど、
痛みを含めた炎症症状は怖いものなのです。
そのために、体の不調があれば無視せずに、何かおかしいということを自覚し、受容してほしいのです。
そして病気と何より自分と向き合ってください。
これもたまに啓発本に載っている自己受容にあたると思います。
今まで頑張ってこられて、
やっと仕事という大役から解放されるのに、
自由になれない方が減ってほしいのです。
キャリアアップを図る年代に差しかっている私
結婚という節目にもかかわらず休職を経験した私
やっと大人の楽しさを知り始めた私
病気は違えど患者側を経験した私が、自由になれず、思い悩み闘っていることが何よりの証拠です。
医療から学んだ〜行動力と感謝と尊敬の心〜③
へ続く
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