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意識的に生きること【ワシントンDC🇺🇸高校留学vol.5完結編】

アメリカ高校留学の振り返りもこの記事を最後にしたい。
1年間でのSEGLでの学びを言葉に残した。

ワシントンD.C.にあるThe School for Ethics and Leadership(SEGL)という1学期の高校プログラム。全米+私を含めた3人の留学生、合計25人で寮生活をしていて、スマホは基本使えず、AIへのアクセスにも制限がかかっている。APの基本的な科目以外に、Ethics and Leadershipという授業があり、実践的なリーダーシップの学びができる。前学期はヨハネスブルグ🇿🇦キャンパスに留学していた私が、唯一のアジア人としてサバイブしていく日常を共有します。

ワシントンDCの中心地に住むということ

私の住んでいたCapital hillはアメリカでもっとも裕福なエリアのひとつだが、毎日の通学路には必ず物乞いの人がいた。ワシントンDC全体で見ると元々チョコレートシティと呼ばれていたくらい、アフリカ系アメリカ人(黒人)が多いまちで、学期の初め頃、Housing policyのケーススタディでジェントリフィケーション(都市の富裕層化)の例である実際にそのストリートを散策したりもした。中心部に富裕層が住み始めたことで街は美しくなり、高級店が並ぶようになった。昔ながらの飲食店やローカルスーパーは消え去り、フードデザート(食品にアクセスがしにくいエリア)も多い。いわゆる港区や千代田区をイメージしてもらうとわかりやすいのではないか。

私はホームレスの人と目が合うのが怖かった。小さな子供を抱えた黒人の若い女性、車椅子に乗って同じ道をぐるぐる回っている白人の高齢の男性。ドラッグ中毒の人も多いので、変に刺激すると着いてこられる可能性もある。だから視界の端にその存在を認識するとなるべくそちらに目を向けないように意識していた。私は世界を変えるためにここに学びにきているのに、今目の前で明日を生きることに必死な人たちには何もできない。
クラスメイトたちは現金を渡す時もあったし(主に数名の男子)、ただ何事もないように通り過ぎることもあった。

留学当初、私はクラスメイトたちの多くに文化の違い以上の壁を感じていた。兄弟が何人もいるのに何千万とする学費の心配を一度もしたことがない、毎日のように8ドルくらいのドリンクをテイクアウトして、欲しいものがあればすぐにAmazonを注文する。数百円の買い物ですら本当に必要か考え込んでしまう私にとって4ヶ月で600万以上の学費を払える家庭の価値観は未知の世界だった。政治とか社会正義みたいな所謂意識の高い話は同じ新しい視点でもワクワクするのに。

「価値観の違い」という言葉では足りない気がした。私たちは、世界の見え方そのものが違っていた。同じ八ドルのコーヒーを見ても、それぞれが見ている景色は別のものだった。

投げ出したくなって開いたインスタからユニセフの広告を見て、私自身もその居心地の悪い波に加担していることに気がついた。この資本主義の勝者が吸い上げて得た、余りある資産の善意に支えられて私は留学という夢を叶えられている。平等に質の高い教育や医療が提供される日本に生まれた。国・民族・貧富の自分が知らない世界をこれまでに見るチャンスを掴み取れたこと。富裕層と少数のエリートが結託するアメリカのトップ大学の在り方を批判する記事を見かけたが、まさにその後者に滑り込もうとしていたし、この学校にいる時点でそうなっていた。

私は彼らにどうして欲しかったのだろうか。
買ったことを忘れて期限切れで冷蔵庫から見つかる食品に「もったいない」という感情を抱いて欲しかった?私だって食べ放題で無駄に多くとってしまうこともあるのに。
ビジネスクラスの比較で盛り上がる前に最安の飛行機しか選べない人がその場にいるかもしれないという「配慮」を感じたかった?私だって、飛行機に乗るなんて想像もできない人たちの生活が苦しくなっていく一因は飛行機で大量のCO2が出ることだ、と知りながらも自分の好奇心を優先する。
ペットボトルキャップを集めたことくらいしかないのに、無駄な消費に使うお金があったらユニセフに寄付してなんて絶対に言えない。世の中に圧倒的な富裕層も飢えに苦しんでいる人も事実では知っているけれど、目の前で行動や価値観の違いを見せつけられるのは全然違うのだ。
誰かにとって都合のいい当たり前の選択は、誰かの手には入らないものであって、それが目に入ると心の溝が生まれていくのかもしれない。

違和感を声にしてみたこと

こんなことを学期も終わりに近づいたあるとき、学校のミーティングで口に出してみた。具体的には「使い捨てプラカップは環境に悪いからせめて自分のコップを持って行ったら」というなるべく含みを持たせないみんなに共感されやすそうな提案をした。富の格差という大きな違和感を直接突きつける勇気は出なかった。だから私は、彼らの無意識な消費行動に一石を投じる『環境問題』という安全な共通課題に逃げるような形で提案をした。自分のお金を使っているのだから買い物に制限をかけられるべきではないという声もあった。意見を表明したい手は次々と上がり、翌朝の教室ではスタバのボトルからモカを飲んでいる人たちが数人いた。こんな一つの行動変容でさえ、意識していなかった人には抵抗があり、実際に変えるのは難しいのだ。この一つだけを切り取って「自分は勇気を出してみんなを動かしました」と昔の私だったら満足していたかもしれない。だけど、この一歩には価値があるとは信じつつも、これを続けていく意思がなければいけないのだと理解している。

そもそも生まれた環境が恵まれていることは責められるべきことでも、悪いことでもない。それが良くても悪くても選べないのだから。自分とは全く違う環境で生きていきた人たちと同じ背丈比べをしてもすり減るだけである。彼らを「恵まれているからそうじゃない人の気持ちはわからない」と決めつけるのは浅すぎた。恵まれているからこそ、人を気遣う心の余裕があったり、教養が深かったり、それに学ばされることは数えきれないほどあったのだ。

プロムの日に

私が一度壁を感じてしまった相手のことを知ってみようと歩み寄れたのは、彼ら彼女らが大好きだったからだ。どうでもいいことで大声で議論し続けたり洗濯物を放置してる人を探し回ったりその瞬間では呆れというかやってられない気持ちが渦巻いていても、私はそれぞれ一人一人にホームシックの時に温かい言葉をかけられたり、グループワークで足を引っ張っているのに優しく見守ってくれたり、そういう人間味のある感情の交換をしていたのだ。小さなことが積み重なって、いつもはうるさいとか思っていた誰かが体調を崩したら寂しく感じる、愛着が湧いていた、というのが正しいかもしれない。

私のクラスメイトは親が移民のファーストジェネレーションの子が多かったから、彼らの親が成功を求めてアメリカに移住して、ひたすら努力を続けて今の地位を築いた、という話を聞いて育ったらしい。最初は苦手だと思っていたクラスメイトもよく話を聞いてみると親の死、人種差別、宗教迫害、形はどうであれ、何かしらの痛みを経験してきた人がほとんどだった。彼らもまた一筋縄ではいかない背景を背負ってその富を得ていた。涙の苦しさを知っているから実際に行動に完璧に移し切れてはいないかもしれないけれど、世界を良くしたいと信じているのだ。でなければ、わざわざ似た人たちの多い地元の私立高校を離れて倫理を学びに、この自分の成長を突きつけられる環境に来ようと思わない気がする。
私は今までクラスメイトを『恵まれた富裕層』と一括りにして、裏にある背景まで見ようとしていなかった。だが自分が知り得る部分の限界を疑い、彼らの言葉を聴こうとすることこそが、無意識の偏見を捨てて意識的に世界を見る選択の練習だったのだ。

何を学んだのか

私がこの1年間で学んだことを一言でまとめるとするならば、「どのようにして意識的に選択するか」だと思う。そもそも自分の基準を通して見えている世界が当たり前ではないこと。世界に対する気づきの幅を広げて、その中で特にどこに注意を向けて決断を繰り返していくのか。

SEGLでのメッセージは直接的ではなかった。無数の具体例に向き合うことで抽象的な軸に自分で気がつくように設計されていたのだと思う。マインドセットに関するコンテンツはいくらでもあるが、私はただ受動的に読んだり、短時間の先人たちからのアドバイスだけでは頭で理解したつもりでも、自分に照らし合わせた時にどのように実践すれば良いのかわからなかった。
SEGLはEthics(倫理)という名前がついているけれども、哲学者の思想の紹介は学期で2時間しかなかった。長い時間をかけた実践的な学びを経たことで、改めて哲学者の著書や主張に触れると「この人が言いたいことってあの時感じたこういうことかも」と自分の体験と照らし合わせて考えられるようになった。

そのためには自分自身がどんな存在で、どうやって生きていきたいかを常に問い続けなければならない。常に意識的であることは、楽ではない。
私たちは毎日3万5000回もの選択をする。統計やデータベースだけではない、気まぐれで生み出される選択の積み重ねに今の自分がいる。
環境や周りの前提に受動的に流されていくから疑問を持ったり、比較に息苦しく感じたり、間違えたと感じたときに納得するための心の行き場をなくしてしまうのかもしれない。

最初に意識的になるには余裕が必要なのかもしれない。余裕とは立ち止まって思考するための時間的・精神的な安全地帯だ。まだ人生経験の浅い私たち学生が簡単に手に入れられるものではないことはわかっている。
それでも、過去がどうであれ一度リセットして1年間SEGLという余裕のある楽園の中でもがいて私は「意識的に生きる」という可能性を鍛える機会をもらえたのだ。
人の優しさにも恵まれてそんな理想郷がずっと続くわけではないし、離れた今、あの熱気に少し戻りたいと思う心もある。けれど人生はこれからなのだ。こういう1年を17歳で過ごした私だからこそ選べる道があるのだ。

SEGLが教えてくれたのは、正しい選択ではなかった。世界には、一つの正しさなど存在しないという事実だった。だから私は、自分が何を見落としているのかを問い続ける。世界を変える前に、自分の「当たり前」を疑い続ける。
それが、私にとって倫理を学ぶということだった。

3年前に私が書いた記事の最後にも引用していた言葉を思い出す。
「愛の反対は憎しみではなく、無関心であること」

私は世界のことをまだまだ知らない。6大陸に留学して100カ国に友達がいても関わった人のほとんどはその国のエリートだし、民主主義が正しいことを疑いの余地なく信じている人ばかりに囲まれている。だから、慣れない世界に出会ったときに、怖いと遠ざけるのではなく、意識的に近づいていく必要があるのだ。
見たくない違和感や他者の現実に目を背ける、無関心でいることをやめ、意識的に向き合い続けることこそが私の選ぶ倫理であり、愛の形だ。


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