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【ファンタジー小説部門】『√365』│椿と山茶花

▼このお話は『√365』の一部です。「序章」を読んでいただければ、あとはどこからでも1話完結で読めます。

#創作大賞2025
#ファンタジー小説部門



「雪のない冬って、未だに慣れないの」

 道々で見かける赤い花に目をやりながら、私はつぶやいた。

「つばきって、冬に咲くのね。他に花がないし、豪華だから、とても目立つ」

 私の言葉に、崇は「いや、あれは山茶花だよ」と答えた。

「確かに似ているんだけど、つぶさに観察してみると違いが色々あるんだ。一番わかりやすいのは地面を見ること。どう、何か気づく?」

 地面にはぱらぱらと赤い花びらが散っている。少し薄汚れていたり、変色して縮んだりしていた。

 首をかしげる私に、崇は「つばきはね、花ごと落ちるんだ」と微笑んだ。

「一方、山茶花は花びらだけがぱらぱらと散る。だから、まずは地面を見るといいよ。……他にもね、葉がつやつやかどうか、実に毛が生えているか、そういう違いがあるんだ。違いがわかると面白いよ」

 この人はどうして、花の見分けはつくのだろう。そう思うと、胸をぎゅっと掴まれるような切なさがあった。


 それは、5歳年上の崇と結婚して半年が経ったころのことだった。

 平和な日々を送っている。それなりに仲の良い夫婦だとも思う。

 でも、結婚式の、彼の挨拶を聞いてから、私のなかの彼への気持ちが少し変質したのを感じる。熱々のコーヒーが、冷めてまずいコーヒーになってしまったような。それでも、高い豆を使ったのだからと無理して飲んでいるような、そういう気持ち。

 そしてその出来事は、大人になってからできた親友を失うきっかけにもなった。



 同期の麻美と私が並んでいると、周りはぎょっとしたものだった。

 私たちは双子のようにそっくりだったのだ。
 よく見ると顔のパーツが似通っているわけではない。私は団子鼻だけれど、麻美はすっと鼻筋が通っている。麻美は一重だけれど、私は奥二重だ。それでも、顔の系統やヘアスタイル、服装などが似ていたので、社内でも私たちを間違える人がよくいた。

 言うならば、それこそが悲劇だったのだ。


 結婚式のスピーチのなかで、崇は、私を好きになったきっかけをこう話した。

「給湯室で誰かマナーの悪い人がいたんでしょうね。こぼれた飲みものや、ごみ箱に入っていないペットボトルがそのまま放置されていました。僕も他の人も気に留めなかった。あとから給湯室の前を通ったら、彼女がいたのです」

(なんの、はなし……?)

「自分に関係ないはずなのに、こぼれた飲みものをきちんと拭き取り、ペットボトルを手早く分別して。汚れた台拭きをていねいに洗い、優しく振りさばき、干した。そしてハンドソープを泡立ててやわらかい動きで手を洗い、アイロンのきいたハンカチで手を拭いた……」

 途中から、血の気が引いていく思いだった。顔を上げないようにした。視界がにじまないようにするので精一杯だった。

「当たり前のことかもしれない。でも、その流れるような動作から目が離せなかった。家庭を一緒に作るのなら、こんな人がいい。初めて惹かれたのはその瞬間だったのです」

(それは、私じゃない……)

 声にならない叫びを飲み込んだそのあとの記憶がない。なにも耳に入らなかった。

 一生に一度の、ずっと憧れていた結婚式なのに。



 二次会にも参加するはずだった麻美は、披露宴のあと慌ただしく帰っていった。プチギフトを渡したときの青ざめた顔が、忘れられない。

 つばきと山茶花が見分けられるのなら、どうして、私たちをきちんと見てくれなかったの。
 ため息が無意識に口からこぼれてしまっていたようだ。

「荷物、重たかった?」

 崇が私のビニール袋をさっと自分の手に移した。私はほほ笑みを貼りつけた。



 あの結婚式以来、胸が焼けるような気持ちになることが多々ある。麻美とは連絡が取れなくなった。

 正直に言うと、崇が私たちを間違って認識したことは許せない。でも、それでも彼のそばを離れたくない。
 間違いから始まった恋、……なのだとしても。

 終わったことは変えられない。それなら、彼が毎日帰ってきたくなるような家を作ろう──。


 数年が経った。
 子どもが生まれても、崇が相変わらず優しくても、私の胸に空いた小さなちいさな穴は塞がらずにいる。

 幸せ。でも、ふとしたときに空気がしゅうっと抜けていくような感じがある。

 忌々しくて見ることのなかった結婚式のDVDを捨てると決めた。

(最後に、一度だけ……)

 まっ白になって聞き飛ばしていたスピーチの続きに気がついた。彼は続けてこう言っていた。

「つき合ってみたら当初の印象とは違ってびっくりしたんです」

 会場から笑いが沸き起こる。

「でも苦手だと言いつつ、料理や掃除、家庭のいろいろなことを勉強して、がんばってくれている様子に感動しました。家庭的な人に憧れたのは、僕自身、料理が好きで。妻、と……休日一緒に料理をできたらいいな、と。その夢は、家事が苦手だった妻が、努力して叶えてくれました」

 間違いから始まった恋だった。でも彼は、素の私を見つめて好きになってくれたのだ。





(2,000字)


▼この小説は『√365』の一部です。どのはなしから読んでも大丈夫な短編集ですが、序章と終章を読むと印象が変わると思います。

▼先週更新したのはこれ。

▼全5話の「恋が叶うサロン アンシャンテ」シリーズ



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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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