【ファンタジー小説部門】『√365』│オルゴールに眠る少女
▼このお話は『√365』の一部です。「序章」を読んでいただければ、あとはどこからでも1話完結で読めます。
夜色のオルゴールの蓋を開ける。ふわり。記憶が吹き込んできた。
小瓶に詰められた星の砂。家族旅行のときに買ったものだ。
手芸用品店で見つけた、大きなクリスタルパーツ。好きだったアニメのヒロインが身につけているペンダントに似ていて、いつかなにかを作ろうと思いながら埃をかぶっていた。
ポプリの作り方や、素敵な花言葉が散りばめられた、小さな冊子は、漫画雑誌のふろく。
はつ恋の男の子が、図工の時間に作ってくれたビーズのブレスレット。
――その一瞬、私は少女時代に戻ったような錯覚を覚えた。
「ママ、これなあに?」
小箱を持ってきたのは息子だった。
私の部屋の、クローゼットの奥に隠されていたのだという。もちろん自分でしまったのだろうが、私にその記憶がなかった。
両親が亡くなった。事故だった。
車で20分の実家に、片づけに通う日々を送っている。
夫は「お金がかかってもいいから、業者にお願いしたら?」と言ってくれたけれど、手を動かしていないと、気持ちがもたなかった。
「でもさ……」と言いかける夫を遮り、私はにっこり笑って答えた。
「プロだから」
両親とはあまり仲が良くなかった。過干渉のきらいがあった。
それに反発するかのように授かり婚をしたのは、大学3年の冬のこと。息子は今年8歳に、娘は3歳に、そして私はようやく30歳になる。
これまで実家にはあまり寄らなかった。
きっと小言ばかりだと思っていたから。もっとこう育てなさいとか、きちんと家事をしなさいとか。結婚より前に子どもができたこともあり、夫の悪口も言われるんじゃないかとびくびくしていた。
でも同時に、そういう気持ちは、やがて落ち着いてくるものだと漠然と思っていた。現に27になったころから、前よりも少しずつ、実家に顔を出すようになっていた。
とはいえ、実家の玄関扉を開けるときは、いつも、くっ、とこころが硬くなった。顔が強張った。ひと呼吸置いてからインターホンを鳴らす必要があった。
ところが、予想に反して、数少ない訪れのなかで、両親はひとことも小言を口にすることはなかった。
ただ、にこにこと幸せそうに笑っていた。
――まだ、29歳だ。
友だちのお父さんやお母さんも、ほとんど元気にしている。こんなに早く別れが来るなんて思っていなかった。
いや、たとえ生活のなかから両親が消えていたとしても、彼らに二度と会えない生活が存在するなんて……。頭ではわかっていても、具体的に想像したことがなかったのだ。
それは思っていた以上に重かった。
どうしてもっと早く、両親に向き合わなかったのだろう。
彼らが生きているあいだは、いじめられていたのに無理やり学校に行かされたことへの恨みや、受験当日に熱を出して進学校にすすめなかったことを責められた怒りが、ずっとくすぶっていた。
でも、ものに埋もれた家を片づける中で、忘れていたきれいな思い出ばかりが胸を刺す。いちごが好きだといったら、安くはないのに毎日お弁当に入っていたこと。ほしい本はすべて買い与えてもらったこと。結局なれはしなかったけれど、絵本作家になりたいという人とはちがった夢を、高校生になってもばかにすることなく受け入れてくれたこと──。
後悔ばかりが残り、薬を飲まなければねむれなくなっていた。
「ママ、泣いてるの?」と息子が尋ねる。娘は「ぎゅ、してあげるね」と言って、私を静かに抱きしめた。
実家の片づけはいっこうに終わらず、気がつくと年をまたいでいた。
「やっぱり、業者に頼んでみない?」
夫の言葉に、私は首を振る。
私は「片づけのプロ」なのだ。
両親が亡くなる前のこと。家でじっとしているのが性に合わなくて、東京まで出て、片づけの資格を取ってきた。
春からは自宅で片づけ教室をはじめることになっている。
だから必ず自分でやらなくちゃいけない。よく言えば"プライド”、悪くいえば固執だった。
何度も涙を落としながら、私は実家の片づけを進めた。そのたびに「なんでこんなにたくさんモノがあるの」と呆れ返った。
母の日に書いた手紙、私が小学生のころの答案や工作、道端で一緒に摘んだ花を押し花にしたものまで──。
ムダなものがない自分の家に帰ってくると、ほっとする。でも、どこか寂しい気もする。
この部屋には、あのオルゴールの中に詰まっていたような「宝物」がないから、だろうか。
ここに大切な人たちがいる。この家のなかで、かけがえのない幸せな出来事もたくさん積み重ねてきた。
でも、久しぶりに見つけたとき、きゅっと胸をつかまれるような、そんな大切な「もの」が、私にはいくつあるだろう。
他の人にとっては価値がなくても、自分にとっては捨てられない、そんなものが。
あのオルゴールの中身以上には見つからないんじゃないだろうか。
そして気がついた。──そうか、あの家にある、たくさんのガラクタのようなものたちは、父や母にとって、私のオルゴールの中身と一緒なんだ。
いつものように実家を出る。この日見つけたのは、子どもたちそれぞれのためにつくられた服だった。それはポップでカラフルで、きっとわたしが好きじゃないと思ってしまい込まれた、ベビー服。
その近くには、刺繍枠が置かれていた。刺し終えているのは半分だけで、残りはがたがたした線で描かれた下書きのままだった。もう消えかけているチャコペンがむなしい。
空は薔薇色に染まっていた。
車のバックミラー越しに見える、家のそこここに、幸せな思い出が亡霊のように浮かび上がって見えてくる気がした。
両親の声まで聞こえてきそうだ。自分の親不孝が悔やまれて鳴らなかった。
エンジンをかける。家とは反対方向に車を向ける。
「ねえ、ママ、どこに行くの?」
「あなたたちに、オルゴールを買うのよ」と私は答えた。
(2,000字)
▼この小説は『√365』の一部です。どのはなしから読んでも大丈夫な短編集ですが、序章と終章を読むと印象が変わると思います。
▼先週更新したのはこれ。
▼全5話の「恋が叶うサロン アンシャンテ」シリーズ
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