空原ゆにさんの創作大賞応募作品ぜんぶ読んだ《感想》
創作大賞への応募作に感想をくださった方に、お礼として作品をなるべくたくさん読み込んでいます。
今日はゆにさんの応募作を読みました。
(応募作一覧がない場合や、1作ごとのボリュームが多い場合はすべては読めないことも……。おひとりあたり最大2日で読ませてもらっています)
フランスマダムの世界一おいしいアイスティーを名古屋マダムがアレンジしたら、麦茶党の子どもが紅茶党になった件について。
はじめてこの記事を読んでから、2ヵ月が経った。今もわが家の冷蔵庫には、毎日アイスティーがある。
ゆにさんのXをフォローしている。そこでアイスティーの話を記事化しようかな、と書かれていたとき、飛びついた。公開されたこちらの記事もすぐに読みに行った。そして。
──おいしい!渋みがほとんどないし、口当たりさっぱりするし、何と言っても香りがいい!
もっといいティーバッグを使えば、香りが豊かになるかもしれません。でも、毎日飲むならこれぐらいでちょうどいいかもしれない。嫌味がないし、飽きの来ない味で飲みやすい。ついつい、次の一口が進んでしまいます。このおいしさなら、謎の21分の蒸らし時間も苦じゃないわ。
ここを読んだらもう、だめだった。棚の奥で眠っていたティーバッグを出してきて、鍋にお湯を沸かしていた。
上に書いてあるように、”マダムのアイスティー”には、守るべき最適な蒸らし時間がある。
記事を追うと、謎の21分については、フランスマダムのこんな一言で片づけられていました。
「ダメよ! 私はもう何十年も夏になるとアイスティーを作り続けてきて、やっとこの最適な蒸らし時間にたどりついたの。20分でも22分でもダメ。21分、ちゃんと守るのよ」
即答だった。
マダムの人生において、21分が最適解らしい。科学的根拠は何ひとつないが、自信満々なマダムのことを信頼してみよう。
そうして飲んだ紅茶のおいしいこと。冷えたアイスティーはすっきりとした味で虜になった。残念ながら、わが家ではわたし一人しか飲まないけれど、それを逆手に取って独り占めしている。
わたしは紅茶に目がない。喫茶店に行っても、珈琲より紅茶を頼みがちなくらいには紅茶が好きだ。
昔、朝活するために早起きしたら”カレルチャペック”の紅茶から1つ選んでいい、なんてルールを課していたこともある。ふだんは絶対に福袋を買わない主義なのに(※失敗しすぎたから)、カレルチャペックのだけは買う。
紅茶の中でもアイスティーが大好き。
でも、家で飲む紅茶はいまいち。なんだか渋みがあって好きになれなかった。
この記事を読むと、きっとみんな、すぐに試したくなる。
実用書や暮らし系のコラムの書き手として活動してきた観点からみても、こちらの記事はとても親切な設計になっており、とんでもなく手間がかかっていると思う。
こうした「ハウツー」を紹介するとき、個人的にいちばん大変だと思うのが写真の用意なのだ。必要なものを用意する。写真に撮る。その前にまわりを「撮れる状態」にする必要もあるかもしれない。
さらに、作業しながら撮っている場合、やり直しがきかないのも大変だ。写真を取り込んだ後に、あの写真も必要だったと気づいたりすることもある。
ゆにさんの記事は、本当にていねいにつくられているからこそ、動きたくなるのだと思う。
合言葉を言え。
この作品を読んだのは、今からもう半年以上前になる。けれども、いまだにはじめて読んだときの衝撃も、内容も、忘れることができない。
それくらい鮮やかな記事だった。
誰にも知られていない、合言葉がある。
引き込まれずにはいられない書き出し。
「え、なんのはなし?」と気になって読み進める手が止まらない。
合言葉が生まれたのは、私がまだ小学2年生のころ。
初めて家族で旅館に宿泊した時だった。
小学生のゆにさんが、家族旅行でとある「合言葉」に出会った。
この先はどうしてもネタバレしたくないので、ぜひ読んでみてほしいのだけれど、読むと笑顔になれる。それでいて、子ども時代に引き戻されるようなノスタルジーがある。
そして、明るい幸せな家庭の素敵さ。短いこの文章のなかだけでも、ご家族それぞれの”色”が見える。
ネタバレなしに語ることがむずかしいので、ぜひ、本編を見てほしい。もうとにかく「好き」としか言えない。鳥肌が立つレベルですごい、と感動したエッセイだった。
桜の下の背中──鬼上司は鬼だったのか
春、桜が満開になると、思い出す人がいる。鬼のように厳しい、でも心に残る、私の初めての上司だ。
こんな書き出しではじまるこちらのエッセイ。4月。新人として配属されたゆにさんの指導係になったのは、仕事がものすごくできるけれど、指導が鬼のように厳しいとささやかれる上司。
評判通りの厳しさだったけれど、ある日、ゆにさんは、上司に桜を見に行こうと連れ出される──。
このエッセイを読んでいるあいだ、わたしの頭のなかにはずっと、桜の淡いピンク色がもやもやと雲のように形を変えながら浮かんでいた。
上司の方の言葉は、字面で見るだけでも泣きたくなるくらい厳しいなと思うものもあった。それでも、ゆにさんがきっとそうであったように、あの”桜の日”が浮かぶからこそマイナス感情だけにはならなかった。
みんなそれぞれに背景がある。
そうして終盤に向かっていくにつれて、頭のなかに浮かぶゆにさんの様子が”新人”から、”働くひとりの女性”としての凛とした雰囲気へと変わっていった。
最後はもう、潔くて、かっこよくて。この決して長くはないエッセイのなかに、ひとりの女性の成長物語が詰まっている。
「福の神?」と3回も言われた話
もしかしたら私、福の神かもしれない。
こんな書き出しではじまるエッセイ。ゆにさんの作品はほとんどぜんぶ読んでいるつもりだったけれど未読だった。
いつも通り引き込まれていく。
ゆにさんの文章のすごいところは、淡々としたわかりやすく平易な文章でありながら、強烈な引っかかりがあることなのだと思う。
「え!?」
「どういうこと!?」
気になって、手が止まらない。
このエッセイでは、ゆにさんとお母さまが買いものをしているとき、ふたりがお店に入ると決まってそのあとに繁盛するというエピソードが描かれている。
お母様かゆにさん、どちらかが福の神では、と思ってしまうくらいに、繁盛するというのだ。
そんなことある?と思いながらも、偶然は一度ではない。「ひとり」に言われたのではないというところが信憑性を増していく。
ラスト数行の文章がとても好きだ。こころが温かくなる。
▼このエッセイを読んでいて、ゆにさんの『合言葉を言え。』についてらいおんさんが書いていた過剰考察を思い出した。キラーワード。きっと、この文章にもキラーワードがある。クリティカルヒットした。
母の日の手紙は、私だけのお守り。
母の日、ゆにさんは誰もいない台所で手紙を見つける。手紙の送り主は長男くんで──。
なんてあたたかくて透明な文章なのだろう。読み終えて思った。
ゆにさんの文章を読むと、いつも、情景がふわりと浮かんでくる。いっしょに体験しているみたいに、感情が揺さぶられる。
手紙を読みたがるご主人に、ゆにさんは見せない。それは、思春期を迎えた息子さんとご主人の関係を慮ってのことだった。
長男との関係の築き方が正しいかどうかわからない。そもそも正解があるかどうかも、わからない。でも、コミュ障の私なりに、必死で子どもを育てている。育児書に書かれているような模範的な子育てはできないからこそ、日々子どもに試されていると思いながらも、不器用に育児をしている。おそらく子育ての形は千差万別で、子ども一人ひとりにぴったりくる形は違っているだろう。少しだけ特性のある長男に合う形はどれかと、試行錯誤しながら育てている。
読み終えて、ほう、と息をついた。
うちの子どもたちは、まだ9歳と6歳。成長するごとに、悩みの質がすこしずつ変わってきたのを感じている。
子育てに正解はない──とわたしも思う。
子どもの身や心を著しく傷つけるような”絶対的な不正解”はあると考えている。
けれども、正解らしい正解はないのではないか。
ゆにさんも書いているように「子ども一人ひとりにぴったりくる形は違う」という考えをわたしも持っている。
たとえば姉弟を育てていても、姉のほうはどちらかというと感受性が豊かで、弟のほうはのんびりしている。傷つくポイントもぜんぜん違う。
だからこそ、これが合っているのかと悩んでしまう。
そして、すこしでも子どもを笑顔にできたときはうれしい。
子どもたちがもう少し大きくなったころ、もう一度、このエッセイを読み返したいと思っている。
どこまでもやわらかい夫
うちの夫は、ふわふわとした見た目で、例えるとキューピーとくまのプーさんを足したような人だ。
こんな書き出しではじまる。
何度もしつこいくらいに書いているけれど、なぜゆにさんはこんなにも引き込まれる一文を書けるのだろう……。
そんな”ふわふわとした”雰囲気のご主人が好きなものは、意外にも、日本酒なのだという。
毎週金・土・日だけ、心置きなくお酒を楽しんでいる。特に金曜日は、夕方のスーパーの魚売り場で安売りしている刺身を肴に、一杯飲むのがストレス発散になっている。私もその姿を見て、一週間が無事に終わったと胸をなでおろす。
ぜんぜん関係ないんだけれど、肴にしているお刺身。実家で父もそうだったなあと思いながら読んでいました。
そんな日本酒大好きなご主人は、ゆにさんが禁酒しているからやめようか悩んでいた。結局、飲むことにするけれど、一人で飲むのはさみしいようで──。
なんかいいなあ、温かいなあと、思った。
そして、ご主人との出会い、結婚式でのことに話は進んでいく。ここはとても面白いのでぜひ本編で読んでほしい! 結婚式でそんなことができるなんて知らなかった。ここもご主人の”やわらかさ”のおかげだと思う。
読み進めていってはじめて「やわらかい夫」の意味がわかった。そうか、そういうことだったのか、と。
やわらかさは折れない強さでもあると思う。安心してこころを預けられるような強さもあるのだろうと読んでいて感じた。
そしてわたしは、ゆにさんのご主人を見つめるまなざしが素敵だと思った。
夫婦の形もほんとうに人によると思う。けれども、どんな家庭でもいえることはきっと、生まれ育った環境も価値観もちがう2人が出会っているということ。
ここがまったく同じ夫婦はたぶんいなくて、だからこそ、その化学反応みたいなところでこれまで育ったのとはちがう”新しい家庭”が育まれていくのだろうな、と思った。
ゆにさんの作品をぜんぶ読んでみての感想
最後に、ゆにさんの作品をぜんぶ読んでみて魅力的だと思ったことを紹介したい。
1.一気に引き込まれてしまう最初の一文
どの作品も、最初の一文がすごかった。一行目が大事だというのはいろいろなところで昔から言われていることだけれど、こんなにも鮮やかに描ける人はなかなかいないのではないか、と思う。
それも、奇をてらったような演出や言葉選びがない。シンプルな言葉の組み合わせのはずなのに、友だちに手を引っ張られるみたいに、自然に一気に引き込まれるのがすごいと思った。
2.切なさも愛おしさも面白さも、フラットに語られる淡々とした感じ
ゆにさんの書く文章は、一定のぶれない軸をもっているような気がした。
切なさも愛おしさも面白さも、すべて同じくらいのトーンで、フラットに語られている。抑揚を大きくつけるようなものではない。
だからこそ、書かれている内容がすっと胸にしみ込んでくるのだと思う。
3.キラーフレーズのうまさ
ここでふたたび、らいおんさんの言葉をお借りしたい。
展開だけじゃなくて、ことばのチョイスも印象的なものが多かったです。印象に残った文章は、何らかのキラーワード、キラーセンテンスがある。ここ絶対めっちゃ考えて書いたんだろうなぁとわかる一文もあれば、あまりにもさらっと書いてあるのにやたらと響く一文もありました。
ここであげられているような”キラーワード”。ゆにさんの文章では、とにかくこの”キラーワード””キラーセンテンス”が光っている。
上にあげたライオンさんの記事を読んだのは、もうずっと前なのだけれど、読みながらずっとこの過剰考察が頭から離れないくらい、どの記事にも印象的な言葉や文章が埋め込まれていた。
それを見つけ出し、言語化する解像度がすごくて、尊敬した。
ゆにさんの作品もどれも素敵でした。何度も読みました。この中からしいて一番の推しを選ぶとしたら……わたしは『桜の下の背中──鬼上司は鬼だったのか』かもしれません。
素敵な文章を書いてくださってありがとうございます。読めてうれしかったです。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡