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絵を学びはじめてから1年半後の定点観測

漫画家になりたい時期があった。
たぶん、いまの娘と同じくらい──小学校中学年のころだ。

『小学四年生』(小学館)のふろくだった冊子『めざせ まんがマスター』がきっかけだったのだと思う。

同誌で連載していた漫画『ポケットモンスタースペシャル』を描いていた真斗先生の監修だったと思うのだけれど、この冊子がもう、とにかく好きだった。


(わが家では父が上の学年のものも購読してくれていたので、自分の学年のふろくではなく、知っている友だちに出会っていない……)


ポケモンやポケモンの登場キャラクターを用いて漫画の基本的なことを解説してくれているもの。
すぐに使える実践的なテクニックがたくさんあって、夢中で模写した。自分でも描いてみたいと思えた。


その後、漫画そのものは、早々に断念してしまった。

読むのが大好きで憧れがあったけれど、かんたんな4コマ漫画しか描けなくって、ストーリーも思いつかないのに絵まで描くのはむりだ……と。


✒️


時は流れ、娘が小学生になったころ。音読をしたら、親が音読カードにスタンプやはんこ、イラストなどを描く宿題があった。娘のリクエストがイラストだったので、さまざまなキャラクターを描いた。

そのとき娘に言われたのが「ママ、体描かないとへんだよ」ということ。

体は描けなかった──。



もともと、日々紹介している情報を、文字を読むのが苦手な人でもわかりやすく漫画にしたいという思いがずっとあった。

イラストの仕事も過去に何度かしていたが、アナログで描くお花や雑貨ばかりだったので、デジタルイラストを学ばなければという思いもあった。


わたしは、パルミーに申し込んだ。
自分への投資のつもりで、1年契約。スケッチブックもCLIP STUDIOも購入し、それから半年間、毎日大量に絵を描き、動画を見て学んだ。砂糖ふくろう先生の講座で「ジェスチャードローイング」に出会い、家族も引くぐらいずっと絵を描き続けた。


ちょうど半年経ったころ、娘が入院した。高熱が続いたためだ。

夫と交代で病院に泊まり込む。
その間、絵を描こうという気にはとてもなれず、娘が無事に退院したあとも、そのまま数ヵ月、なにも描かない日々が続いたのだった。


✒️


気づくと、契約終了まで1ヵ月を切っていた。

当時、愛猫を喪ったばかりで泣き暮らしていたわたしは、重い腰をあげた。


1日に6時間ほど学んだ。
動画を2倍速にしてメモを取りながら学んだ。そうして1年間の契約期間がすぎるころには、70講座・216時間もの学習を終えていたのだった。

正直なところ、もっと早く再開できていたら、さらに学べたのにという悔しさはある。


けれども描いている間は、学んでいる間は、猫の不在を忘れることができた。
そうして受講期間が終わり、抜け殻になっていた。



まだまだ下手ながらも、受講前よりは多少描けるようになったわたしは、もう恥も外聞も捨てて、Webに載せながら上達を目指すことにした。

もともと、説明書を隅から隅まで読むタイプじゃない。使って体当たりで覚える性格なのだ。


そうしてわたしは企画・編集・デザイン・執筆・イラストまですべて自分ひとりで行なう(最近はnoterさんからの寄稿もしてもらっているが)ZINEをつくった。

ここで使うイラストは、人こそ登場しないものの、すべて手書きした。


思い切って漫画にも挑戦した。
出来はともかく最後まで描ききった。


コミックエッセイもたくさん描いた。
描くたびに絵柄が変わっていく。



きょうは、恥を忍んで、約1年半の定点観測をしてみる。


※上2枚は当時書いていた異世界小説のヒロインのイメージ。髪色や目の色などをすぐ忘れるから自分でかけたらいいなと思っていた。

初期は、はじめてデジタルイラストに挑戦した。
色の塗り方もわからないし、体がまったく描けなかった。紙に描くのとまったくちがって、線がとにかくズレていく。


1年半後の今。
全身も描けるようになった。

絵柄は模索中だけど、たぶん、漫画っぽい雰囲気よりリアルに寄せた方が世界観に合っている気がする。


つぎは、2年目。11月~12月に定点観測してみたいと思う。


▼飽きっぽいわたしだからこその実際の勉強法を詳しくまとめたもの。

▼ジェスドロは、文章を書くうえでもすごく役立った。


#33日ライラン


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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