♯0|優良物件って誰にとって?|非常階段からのチェックリスト─ 給湯室のあいつらを、さらに裏から品評する
(昼休み。会社の給湯室では"前向きな女たち"が"綺麗ごとを語り、非常階段では3人がそれを勝手に品評している。)
D子(27):地方から東京へ。理想と現実の狭間でもがく派遣社員。
E介(41):就職氷河期を生き抜いた、不器用な理系社員。
F美(55):バブルと恋愛の栄枯盛衰を知る元・恋愛勝者。
(給湯室の前をD子がタオルハンカチで手をふきながら通り過ぎ、非常階段の扉をあける。非常階段の踊り場。どんよりとした曇り空の下、そこには、スマホで経済指標を見ているE介と電子タバコをすうF美がいる)
D子(27・派遣): あの、さっき給湯室で、A子たちが「ハンカチにアイロンかけてる男は優良物件だ」とかキャッキャしてたんですけど。マジで吐き気した。なんなの令和の優良物件って?
E介(41・理系): ハンカチの平滑度と人間の幸福度に因果関係はありませんからね。確率論的に言って、アイロンに執着する男は、他人のズボラさに対して異常に不寛容であるリスク、つまり「モラハラ係数」が120%を超えます。
F美(55・元マウントの頂点):あはっ、正解。A子みたいな小娘は「育ちが良さそう」とか勘違いするのよね。騙されちゃダメよ。自分のハンカチにピシッと折り目つけてる男なんてね、付き合ったら女の体型やメイクの「ヨレ」にも同じくらい厳しくチェック入れてくるに決まってるじゃない。
D子: ですよね!C子先輩が「心の減点スタンプラリー」なんてうまいこと言っちゃって、それもまた、むかつくんですよ!
E介: C子という人が言う、その分析だけは論理的に正しい。ただ、僕から言わせれば、減点する側もされる側も、市場価値を過大評価しすぎです。自己認知のバグが生んだ悲しきモンスターの集まりですよ、婚活市場は。
F美: (フッと冷たく笑って) ま、スタンプラリーをしてるうちはまだ可愛げがあるわよ。私なんて20代の頃、加点どころか「私の隣に並ぶ資格があるかオーディション」を毎日開催してたからね。年収? 身長? そんなの足切りラインよ。あの頃の私は、銀座のクラブのママより男を品定めしてたわ。
D子: 出た、F美さんのマウント時代の武勇伝。
F美:あなたたちねぇ。クリスマスに赤プリのラウンジで待ち合わせしてた時代を知らないでしょう? みんなワンレン・ボディコンで赤プリやベルファーレで遊んでた。・・・少し上の代は。私たちはその背中を見て育ったのよ。ティファニーのオープンハートなんて、山ほどもらったけどね。
E介: (スマホから目を離さずに) その施設は2000年代に営業終了しています。バブル経済の遺物であり、現在の不動産価値としてはリコンストラクションされています。
D子: 出たよWikipedia。E介さん、ウザいから黙ってて。
F美: (遠い目をしながら、少しだけ自嘲気味に) ……ええ、そうよ。気づいたら全部終わってた。私たちの代は、おいしいところをちょっと上の世代に持っていかれて、残りの栄華を少しだけ味わった後に、就職氷河期が直撃したの。でもね、私は「選ぶ側」にいたのよ。美人だったし、モテたし、マウントの頂点にいた。だから、条件を跳ね上げることに慣れちゃったの。
D子: ……条件を跳ね上げすぎた、結果が、
F美:(自分のシワのない指先を見つめて、少し声を落とす) 私ね。昔は「選ばれなかった女」がかわいそうだと思ってたの。
……でも違ったわ。今は「誰も選べなかった女」の方が、ずっとかわいそうだったって分かるのよ。過去の栄光を処理できないまま、誰も選べずに55歳。(フッと、少し笑う)……笑いなさいよ。
D子: ……笑えないですよ、そんな、今でも、十分お綺麗です。
E介: (眼鏡をクイと上げて、ボソッと) F美さんの人生は非論理的で投資対効果が最悪ですが……その過去の不良債権をすべて一人で背負って、今も斜めに世間を睨みつけている姿は、確率論を超えた「引き算の美学」を感じます。……嫌いじゃないです。
F美:あのティファニーの中に、ひとつくらい本命が混ざっていたのかもしれないけどね。見分ける気もなかった。
D子: (スマホをいじりながら、ぽつりと) ……まあ、給湯室のC子先輩たちの「前向きな希望」もウザいけど、F美さんのその「後ろ向きな哀愁」も、なんかちょっと、胸が痛くて狂いそうになります。っていうか、なんなのこの会社、上から下まで拗らせた女しかいないわけ?
E介: だからこそ、この組織の人間模様は、観察対象として非常に興味深い(インサイダー)と言えます。
F美: ふん、陰キャのくせに生意気言うじゃない。
まあ、いいわ。どうせ私たち、あの給湯室のキラキラした「恋愛の悩み」の輪には入れないんだから。さ、戻りましょ。私たちのチェックリストには、とりあえず「現実逃避」にチェックね。
E介: 僕はすでに「定時退社」の最短ルートを計算済みです。
D子: (ため息をつきながら) はぁ……世界、呪われろ……(と言いつつ、スマホでひっそり『名前のないチェックリスト』の第1話を検索し始めている)
(3人、タバコの煙のような重い空気を残して、防火扉の向こうへ消えていく)
🚬F美のひとりごと
あのティファニーの中に、
ひとつくらい本命が混ざってたのかもしれないけどね。
見分ける気もなかった。
人生で一度だけやり直せるなら、
どの選択をやり直したいですか?
私はまだ、それも選べないわ。
📖 この会話の元になった物語
→ 『名前のないチェックリスト』第1話「条件と呼吸」
📚 全話まとめて読む
→ 『名前のないチェックリスト』全10話マガジン
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→給湯室のチェックリスト①はこちら
📚 給湯室シリーズまとめ
→給湯室のチェックリスト全収録マガジン
🚬非常階段の反応はこちら
🔜♯1.5|非常階段からのチェックリスト
📌♯1.2|四捨五入で170cmの男と心の身長を30cm盛った私|非常
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