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第十話 風|新しい春

第三章 ユウ先輩編 
第十話 「風」

「今日寄りたいとこあるから、
先帰ってね!」

「じゃあ、今日は別々だね。」

「うん。また明日。」

二人と別れて、教室を出る。


この頃、
自然と校舎裏へ足を運ぶようになっていた。

今日も猫いるかな。

植え込みの前まで来ると、
「あ、いた。」

茶トラの猫が、今日もいつもの場所にいる。

しゃがみ込んで、そっと頭を撫でた。

「こんにちは。」

少しずつ慣れてきたのか、
もう私が近づいても逃げなくなった。

「今日は一人?」

そう言いながら、
なんとなく辺りを見渡す。

ユウ先輩はいない。

そっか。
今日は、いないんだ。

猫に会えたのに、少しだけ物足りない。

そう思った自分に気づいて、
慌てて猫の頭を撫でた。


そのとき。

「お疲れ。」

聞き慣れた声に、
思わず顔を上げる。

「お疲れさまです。」

ユウ先輩だった。

さっきまで少しだけ物足りなかった場所が、
急に明るくなったような気がした。

「今日も来てたんだ。」

「はい。」

嬉しいのがバレないように、
いつも通りに笑った。

「猫、もう逃げなくなりました。」

「仲良くなったな。」

ユウ先輩も隣にしゃがむ。

猫はゆっくり立ち上がると、
やっぱり迷わずユウ先輩の方へ歩いていった。

「やっぱり先輩の方が好きみたい。」

「そのうちリオにも懐くよ。」

「ほんとですか?」

「たぶん…」

「たぶんですか。」

思わず笑う。


そのとき、少し強い風が吹いた。

長い髪がふわっと舞って、
ユウ先輩の方へ流れる。

髪を押さえようとした、
そのときだった。

ユウ先輩が、何気なく手を出した。

風に流された私の髪が、
その手のひらに乗る。


「前から思ってたんだけど。」

「……猫みたいな髪だな。」

「え?」

ユウ先輩は、
手のひらに乗った髪を見ていた。

「ふわふわしてる。」

そのまま指先で、毛先に少し触れる。

……近い。

そう思った瞬間、
胸の奥が大きく鳴った。

「ね、猫っ毛なんです。」

自分でも分かるくらい、
少し声が上ずった。

「朝起きるとすごく絡まってて!」
「雨の日とか、広がってほんと困るんですよ!」

何でもないことみたいに話したくて、
聞かれてもいないことまで付け足した。

「へぇ。」

ユウ先輩の手から
私の髪がすり抜ける。

「猫っ毛って言うんだ。」

「はい。」

「知らなかった。」

それだけ。


ユウ先輩は何事もなかったように、
また猫の方へ視線を戻した。

「今日、機嫌いいな。」

「……そうですね。」

私も猫を見る。

でも、
全然頭に入ってこない。

さっきまで私の髪が乗っていた、
ユウ先輩の手。

今は何事もなかったように、
猫の頭を撫でている。

先輩にとっては、
きっと何でもないこと。

なのに私は、
その手ばかり見てしまった。

しばらくして、
ユウ先輩が立ち上がる。

「じゃあ。」

「お疲れ。」

「お疲れさまです。」

いつもと同じように、
歩いていく後ろ姿を見送った。


夕方の風が、
もう一度、髪を揺らす。

私は無意識に、
自分の髪に触れた。

さっきまで、
ユウ先輩の手のひらにあった髪。

思い出しただけで、
また胸が落ち着かなくなる。

会えたら嬉しい。

いないと、少し残念。

また会えたらいいなって、

何度も思う。

それって――

もしかして。

私はもう一度、
風に揺れる髪を押さえた。


第十一話へ続く



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