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赤ちゃんが何で泣いているのか、分からないことに限界を感じた日

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0歳児の育児で、
一番しんどかったのは「泣くこと」ではありませんでした。
泣いている理由が、分からなくなったことです。
ミルクなのか、
眠いのか、
抱っこなのか。
一つずつ試していくしかないのは分かっているけれど、
その一つひとつに、
もう自信が持てなくなっていました。
泣いたら抱っこ。
ダメならミルク。
それでもダメなら寝かしつけ。
気づけば、
「たぶん」「もしかして」「違うかも」
そんな言葉ばかりが、頭の中を回っています。
0歳児は言葉を話しません。
だから余計に、
こちらの判断がすべてになります。
でもその判断が、
ことごとく当たらない気がしてくる。
「また違ったのか」
「また泣かせてしまった」
そんな感覚が、
少しずつ積み重なっていきました。
一番まずかったのは、
次第にこう思い始めたことです。
「自分たちが下手なんじゃないか」
上の子たちのときは、
ここまで手探りだった記憶がありません。
でも今は、
0歳児ひとりに対して、
夫婦そろって余裕がない。
そのせいか、
判断がすべて後手に回っている感じがしました。
そして、
泣いているのは0歳の子だけではありません。
上の子たちの生活も、
当然のように同時進行しています。
「今日、習い事あるよね?」
「お腹すいた」
「聞いて、聞いて」
どれも、
悪いことを言っているわけではありません。
むしろ全部、
ちゃんとした要求です。
でもその一つひとつが、
容赦なく心を削っていきました。
0歳の子をあやしながら、
上の子の予定を気にして、
ご飯の段取りを考えて、
話しかけられたら、できるだけちゃんと返したい。
頭の中では、
常にいくつものことが同時に鳴っています。
「今、どれを優先する?」
「誰を待たせる?」
「これで合ってる?」
判断するたびに、
誰かを後回しにしている感覚が残ります。
上の子の「お腹すいた」は待てないし、
「話聞いて」は流したくない。
でも0歳の子は、
もっと待てない。
その結果、
どれも中途半端になっている気がして、
自分の中で、
少しずつ自信が削れていきました。
妻の涙を見ていると、
どうしても、ひとつの考えが頭から離れませんでした。
本当に、3人目を産んでよかったのか。
眠ろうとしても、
その考えがぐるぐる回って、
結局ほとんど眠れませんでした。
気づいたら、朝の4時。
部屋はまだ暗くて、
家の中も静かな時間です。
その静けさの中で、
答えが欲しくて、
ママリのアプリを入れていました。
他の家庭はどうしているのか。
3人育児って、普通はどんな感じなのか。
自分たちだけが、
こんなに余裕を失っているのか。
眠気と不安が混ざった状態で、
投稿をいくつも読みました。
同じように悩んでいる人の声に、
少しだけ救われた気もしました。
一方で、
うまく回っているように見える家庭の話を読むと、
「なんでうちは、こんなに回らないんだろう」
そんな気持ちも、正直湧いてきます。
比較したかったわけではありません。
ただ、
この状況が、特別おかしいわけじゃないのか
それだけを確かめたかったんだと思います。
でも、
画面を閉じても、
現実は何も変わりませんでした。
少し明るくなってきた頃、
上の子が起きてきます。
「お腹すいた」
「今日、小学校あるよね」
「こんな夢見たんだけど」
眠れていない頭で、
朝ごはんのことを考えて、
学校の準備をして、
話しかけられたら、できるだけちゃんと返したい。
どれも、
当たり前で、正しい要求です。
でもそれが、
また容赦なく心を削っていきました。
夜の不安を抱えたまま、
そのまま朝が始まる。
その繰り返しの中で、
判断する力だけが、
少しずつ削られていきました。
このまま、
勘と気合だけで動き続けるのは、
しんどいな。何かを変えないと限界で壊れる。

そう感じたあとで、
自分は一つだけ、
やり方を変えてみることにしました。
そのあと、
0歳の子の行動を、
一度整理してみることにしました。

同じ状況のとき、あなたはどこが一番しんどいですか?


次回は気持ちに少しだけ余裕が出来た話になります。


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