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『母の誕生日』 ──それは、会いに行こうかなと思った日


母が今日、
82歳の誕生日を迎えました。



LINEで母に、


「誕生日おめでとう。
これからも元気で長生きしてください」


と送ると、すぐに既読がつき。


「ありがとう。
少し物忘れが多くなりましたが元気です。
そちらは元気にやってますか?」



と返信がきました。

80歳を超えてもLINEを操り、
カラオケが趣味の、母。


元気そうで安心しました。





妻が倒れ、
要介護になり──


もう10年になります。


それ以来、母とは、
ほとんど会えていません。

いま、母は兄と暮らしています。



私は知っていました──


母がずっと 、

「自分は何もしてやれない」


と思い続けていたことを。






母は、お金に縁がなく、
父とも私が中学生の時に離婚して、

その後も苦労の多い人生でした。



気が強くて、底抜けに明るく、
人の世話になることを1番に嫌う人──


家のお金がなくて、
新しい服も買えずに、

まだ高校生だった私のジーパンとTシャツを着て、

「これ良いわね。ナウイかも」

と、その格好で、
笑いながら職場に通っていました。





けれど、子どもの私が、
苦境に立たされたとき──

責任感の強い母は、
自分が何もしてやれないことに負い目を感じていました。


そんな母の姿を、
私はずっと知っていました。



こっちは何も期待していないのに──

なぜか母は自分を責めている。
そんな気がしていました。



妻が倒れてからは、
さらに母との距離が遠くなった気がしています。


もちろん連絡する機会が減ったのは、
私の方ですが。




母なりに、
私に気を遣っていたのだろうと、
今でも思っています。




子どもや孫に、
自分が何もしてやれないことへの、
後ろめたさ。



常に自分のことで精一杯だった母は、
我が家から、より遠ざけていたようにも見えました。





もともと私は、
母とは妙に気が合うぶん、
昔からぶつかることばかりでした。



私が18歳のとき──

母と最後の大きな喧嘩をして、
家を飛び出してからは、

実際に母と会う機会は、
数えるほどしかありません。


兄には昔、「母のことは任せる」と、
やや押し付けたような形になり、

私と母はLINEだけの繋がりになりました。





けれど今日は、
ふと思いました──


82歳の誕生日を迎えた母に、
久しぶりに会いに行ってみようかなと。


いつも会うときは、
泣いて出迎えてくれて、


食べれないほどの量の手料理でおもてなしをする。




そんな母に、なぜだか、
久しぶりに会いたいと思いました。





『母の誕生日』
──それは、会いに行こうかなと思った日【完】





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