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【家族の崩壊】──息子が姿を消した日 



【家族の崩壊】
──息子が姿を消した日 





予期せず──


かけがえのない家族は、
あっさりと崩壊した。



そんな現実が、
まさか自分には起こらない。




──どこかで、そう思っていた。





その日、
妻が脳出血で倒れた。


わずかその3日後──




『俺、ちょっと死んでくる』




そう言い残して、
高校生の息子が姿を消す。



極限の状態の中だったが、

現実だけは、
手を緩めなかった。



もう、その時には──


私の知る家族は、
跡形もないほどに"崩壊"していた。





※本作品の内容は、
全て事実に基づいています。








ICUにいる妻の意識は、
まだ戻っていなかった。



それは妻が、

脳出血で救急搬送されてから、
3日が経った頃のこと。



私は妻の身の回りの物を取りに、
自宅へ戻った。


玄関を開けると、

ちょうど出かけようとしていた
高校三年生の息子が無表情に、





『俺、ちょっと死んでくる』




……??





一瞬、何を言ってるのかを
理解できなかったが、


息子はそのまま家をあとにした。





『こんな時に、
あいつは一体何を考えているんだか』




『そもそもこれから死ぬ人間が、
死んでくるって言うのかな?』







などと、大して気に留めず、
それを深刻なものとは受けとらなかった。




その時の私は妻のことで
いっぱいであり、

息子の発言を
冷静に受け止める余裕はなかった。






けれど──


その日を境に息子は帰ってこなかった。



そして、


その息子の言葉が、
この先の状況を一変させる。









ピッ、ピッ……という



無機質な機械の音だけが、
規則的に部屋に響くICU。





その冷たい空間で、
私はぼんやりと妻を見つめていた。



妻の手を握り、
時に話しかけることぐらいしか、

私にはできなかった。



高校卒業を間近に控えた
息子のことまで気を回す余裕は、



──その時はなかった。







それから、
三日目の午後──



"それ"を教えてくれたのは、
息子の彼女だった。





『自殺募集』





息子はSNSで、
集団自殺を図ろうとしていた。








『ちょっと死んでくる』





そう言って、


姿を消した息子が、
何をしようとしているのかを知った時。




私は初めて、
全身の血液が逆流する感覚を覚えた。












──それから



息子のスマホに何度も電話を掛けるも、
着信音は鳴るが出ず、

LINEも既読にはならなかった。


私が警察に通報した時には、
既に72時間が経過していた。







通報からしばらくして、
三人の警察官が自宅に到着。


家中を捜索されたが、
何も手掛かりになるようなものはなかった。


『最近、息子さんに変わった様子は?』


『何か気になることは、
ありませんでしたか?』





何も答えられなかった。



妻が倒れて、
ICUに付き添っていた私は、

ここ数日間、家にほとんど戻らず、


子どもたちの顔すら、
まともには見ていなかった。







捜索資料を作っていた別の警察官に、




『通報、少し遅くなりましたね』


『もっと早く、
気づけなかったのでしょうか?』





私は深く頭を下げながら警察官へ、
これまでの事情を話した。



妻が倒れ、
意識不明のままICUにいること。

その場に居合わせた息子が、
その全てを一人で対応し、
最初に救急車を呼んだこと。



それ以来、自分は病院につきっきりで、
息子と顔を合わせていなかったこと。



息子の言葉を冗談半分に、
その時は聞き流してしまったこと。




自分の説明が、
要領を得ているのかも分からずに、


やや早口になりながらも、


私は感情を出来る限り抑え、
詳細に説明をした。




警察官たちは私の話を黙って聞いて、

捜査資料を作成しながら、
やや同情混じりに、


『それは大変でしたね。
ご察しいたします』


『我々も全力で息子さんを探します』


『お父さん、あなたが倒れてしまえば、
奥さんも大変になります』 

『どうか、しっかりしてください』





──そう言い残して、
警察官は家を後にした。











1人になった私は、
ようやく少しだけ現実に戻った気がした。





家の中は、妙に静まりかえり、
それでいて少し肌寒さを感じた。








全身の力が抜けて、

リビングのソファに崩れ落ち、
天井を見つめていた。








……妻がこの現実を知ったら、
どう思うだろうか。








その時は、



妻の意識がないことだけが、
唯一の救いのような気もしていた。





そのままソファで寝落ちていた。




──目が覚めると外は、
すっかり暗くなっていた。









車で妻のいる病院へ向かう途中。




──考えていた




そもそもなぜ、
息子は死にたくなったのか。



この寒空の下、
どこで何をしているのか。




もしかしたら……
もう死んでいるのか。




妻の意識が戻ったら、
なんて説明すればいいんだ。




そのとき、『息子は自殺したよ』と、
言えるんだろうか。






──などと、答えの出ない
“ひとり問答”を私は繰り返していた。











──病院に到着して




妻のいるICUは変わらずだった。

病棟は静寂として機械の音だけが、
かすかに響いていた。



私は妻の横に座り、
鉄製の手すりに肘をつき、

ハアと深く息を吐いた。




少しだけ冷静になれたような気になり、

妻が倒れてからの、
息子の様子を振り返っていた。






思えば、あの時──




脳出血を発症して
裸で泣き叫ぶ、

そのあまりに異様な
母親の光景を目の当たりにした息子は、



ひとりで対応し、
救急車を呼んでいた。



誰よりも最初に、

あの"崩壊"を体験したのは、
息子だった。



母親が崩れ落ちる現場を
一人で支えた高校生にとって、

その重圧は
計り知れなかったに違いない。






ただ一つ言えることは──



そのことをきっかけに、
息子の『何か』が確実に壊れていた。



まるで何もなかったように、
眠っている意識のない妻に向かって、



──問いかけた。




『この先、どうなるんだろうな?』


『なあ、これから俺は、
どうすれば良いと思う?』





何の予兆もなく、
僅か一週間で、



──家族は崩壊していた。





かつて味わったことのない、
不安と恐怖しかない現実の中で。



その時の私は、


『死ぬよりも、つらい時間』

を過ごしていた。










その後も──




警察からは、


『スマホの位置情報は、
まだ特定できていない』


との連絡があり、
息子の生存確認には至っていなかった。



けれど、
私が電話をかけたときは、



息子のスマホは時折、
呼び出し音が鳴っていたため、


それが充電され続けていることが分かっていた。



誰か別の人が
触っていない限りは、



『息子はまだ生きている』




──私は、そう信じていた。









息子が姿を消してから、
10日ほどが経っていた頃──



私の体が限界を迎えていた。





妻が倒れてからの数日間。




私は極度のストレスに晒されて、
ほとんど寝ることができず、




また食事すら、
ほとんど摂っていなかった。







──その時には、




すでにまともな生活を
送れない状態に陥っていた。






このままでは、
何もかもが壊れてしまう。





そう判断した。



もう息子には、
会えなくても仕方ないと半ば諦めて、




どんな形でも良いから、
生きていることだけを願い。




最後のつもりで、
メールを息子に送った。







※以下、
そのとき送ったメールの原文



もうこれ以上は連絡しないから、
安心して良い。


ただ、お前がいないと知ったら、
ママは何て思うだろうか。


ママの看病すら、
まともに出来ない状況を
お前は望むのか?



もう帰って来なくても良い。



ただ、もしできるなら、
安否ぐらい教えて欲しいかな。






しばらくして、



──息子からの返信。




『ママの看病できないなら帰るよ』




警察に連絡すると、
すぐに警察官が家にやってきた。




息子に電話を掛けて、



通話をつなげたまま、
話し続けるように指示を受ける。



すぐには繋がらなかったが、
何回目かでようやく




──その通話に出た。




私から話しかけたが、
しばらくは無言だった。


警察官の指示もあり、
会話を引き延ばすため、

やや一方的だったが、
私は息子に話しかけ続けた。



──そのうち



少しずつながら、
息子は反応を見せ始めた。



最初は『うん』とだけ、
返す程度だったが、


次第にこちらの問いかけにも、
答えるようになった。



ただ、帰宅を促しても、


警察がいるなら帰らない』
を繰り返していた。


"すでにこれだけの事態になれば、
警察を介入させないほうが難しい"




ことを伝えた。







けれど息子は、
『恥ずかしくて、いまさら帰りづらい』


そんな押し問答のような、
やり取りが続いていたが、




最後は私が、
息子に頼み込むように──


『お前が帰らなければ、
ママの看病ができない』


『俺に看病を
させてくれないか?』






そう言うと、
息子はしばらく黙っていたものの、



渋ったような様子で、
帰宅することに同意した。








そしてその通話により、
居場所が特定され、




──息子は保護された。








その場所は、
静岡のローカル駅。




自宅からは200キロ以上も、
離れた場所だった。



警察の捜査能力に驚きながら、
私は警察官に、

ひたすら頭を下げては、
謝罪と感謝を繰り返していた。





警察に連れられて帰宅した息子は、
警察からの聴取を受けたが、





なぜ自殺しようとしたのか





──その理由だけは、
語らなかった。









家に帰ってきた息子に私は、



『これでようやく、
ママの看病が心おきなくできる』

『ありがとう』





とだけ伝えると、
息子は何も言わずに泣いていた。









それから私は、
時間をかけて息子と話した。



『自分の行動が、
周りの人に心配を掛けたり、
どれだけの迷惑になるか』

『ひとりで、
生きているわけじゃない』



──ということを



できるだけ言葉を選びながら、
しっかりと伝えたつもりだった。





また消息不明だった間のことも尋ねると、


顔色一つ変えずに、
息子は淡々と──


まるで他人事か、
武勇伝のような口調で、
それを語りはじめた。




『自殺募集はしたけど、
誰も来なかった。

来てたら死んでたと思う』



『生徒手帳に“自殺防止ダイヤル”の
カードがあったから、かけてみた』


『死ななかった自分は、
運が良かったと思ってる』



『居場所がバレないように、
スマホの電源は切ってた』




──けれど


その“なぜ”だけには、


私が何度聞いても、
答えることはなかった。








その年の息子は大学を受験せず、
自ら浪人する道を選んだ。



何一つ分からない状況の中で、
違和感を覚えつつも、



『もう大丈夫だろう』



そう自分に言い聞かせて、

私は再び、
妻の病院へ通う日常へ戻っていった。









息子が帰ってきたことで、

形だけの日常を
取り戻したかのように見えた。




しかしそれは、


見えない亀裂を
抱えたままの再生だった──




この時の私は、
まだそれを知らずにいた。












──息子はこの出来事からは、
何も学んでいなかった。




いや、もしかしたら、
学んでいなかったのは、

私の方だったのかもしれない。





それから数年後──



息子は今回よりも大きなかたちで、
再び“自殺騒ぎ”を起こすことになる。






あの日から、


我が家の形は、
大きく変わってしまった。





けれど、
生きてさえいれば、きっと──








【家族の崩壊】
──息子が姿を消した日 


【完】







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▼ 本作品はシリーズ『家族の崩壊』の各話を再構成した作品になります。
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