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[ともさかりえvsさかともえり]ゾンビですが何か?[君はどっち派?] その21

前回のあらすじ
(北天バイオ技研の科学技術の粋を集めた人工知能『チヒロ』の暴走が、カナと慎也の精神を極限まで追いつめていく)

Silvery Sometimes (Ghosts)

「……ダメだ。アクセス拒否。レベル5以上のパスが要る」
慎也が端末を叩く指を止めた。
目の前に立ちはだかるのは、地下セクター7へ通じる防護扉。分厚い鋼鉄の塊。
それが、微動だにしない。
「何よ……!せっかくルイが見つかったのに…!」
カナが端末を覗き込み、苛立ちをあらわにする。
が、当然だ。慎也のパスキーは平社員のレベル1、地下セクターのような極秘区画には通用しない。
その扉を開くには、特定の“誰か”の承認が必要だった。
慎也「へイ、チヒロ!頼む。なんとかならないか!?」
チヒロ「www無理ですww」
嘲笑のようなノイズと共に、天井のスピーカーからAIのチヒロが答える。
もう一度パスを入力する慎也。
denied! denied! denied!
やっぱ駄目だ.…。
チヒロ「MUGE・ん…ループっぽい
チヒロが、1988年8月24日にポニーキャニオンから発売された、工藤静香の通算5枚目のシングル『MUGO・ん…色っぽい』と同じアクセントで、ぼそりと言った。

──その時だった。
「……ともさかりえ……さかともえり……」
廊下の向こう。闇の奥から、濁った声が響いた。
慎也もカナも、条件反射で振り返る。
「……誰……!?」
ズル……ズル……
足音ではない。
引きずる音。骨の軋み。皮膚の擦れる生々しい音。
「ともさかりえ……さかともえり……性的な意味で...…どっちでもIN……」
その声は──紛れもなく人間の声で懐かしくはあるが。だが同時に、おぞましい。
目を凝らす。照明の切れた廊下の先、闇の奥から、何かが歩いてくる。
白衣を着てVRゴーグルをつけた老人だった。
白衣の下半分は赤黒く乾いた血に染まっている。
ゴーグルは灰緑に変色した顔の皮膚に直に釘打ちされていた。
白髪は広範囲で抜け落ち、頭部の一部が膨れ上がり、口の端からヨダレをたらしている。
左腕はゾンビ特有の硬直で曲がったまま吊り下がり、白衣の胸元にはID認証タグがぶら下がっていた。
──《Hasumi|ID:R-069》
「……蓮見主任?」慎也が気付いた。
直接話した事はない。廊下ですれ違うと、いつもグラビアアイドルのような秘書を横に連れていた。
「同じ会社の人?」
「ああ、蓮見主任だ。元テレビマンのやり手の研究者で、森永さんていう社内でお嫁さんにしたい女性ナンバーワンのかわいい秘書をいつも連れていた。
主任の研究室は最上階の6階なんだけど、森永さんがエレベーターに乗ると、6階の男性社員はみんな階段でエレベーターより先に1階まで走って降りて、森永さんの降りたエレベーターに乗って、また6階に上がってくるんだ」
「なんで?」
「めっちゃいい匂いするから」
「働け!」

——森永蜜柑の甘い香りに包まれたエレベーターの中で、目を閉じ、至福の表情で深呼吸する男性社員達。エレベーターは上昇しているにも係わらず、彼らの身体は次第に重力を失い始め、一人、また一人と空中に浮き上がって行く。
森永美柑はかつて、重力の無い下着『リプリー』のモデルを務めていたので、一部の社員からは「ゼログラヴィティ・ガール」と呼ばれていたが、6階の社員からは「フリーフォール・エンジェル」の異名で呼ばれ、教祖の如く崇められていた——

蓮見會一(かいち)のその姿はもう“人”ではなかった。
彼は何体ものゾンビにポロリ動画を見せ続けたが、魂を再燃して、黄泉から人間に戻ったゾンビは1人も居なかった。
蓮見は最後の賭けに出た。
VRゴーグルをマキタの釘打ち機で自らの顔面に取り付けると、森永蜜柑に局部を噛み砕かせ、ゾンビ化したのだ。
蓮見は、白衣の下の腐りかけた肉体に、糸のようなものをまとっていた。
それはかつて、彼が“インフィニティデザイン”と呼んでいた無重力下着《リプリー》 ──
「エスカレーション……性的な意味で……エスカレーション……」
ヨダレを垂らしながら、蓮見はアクセス端末の前に立った。
「.….恋はちょっぴり.….知りたがり屋ね….!」
腐った手でスキャナーにタッチする。
ピピ──ン!
《管理者認証:蓮見 會一|セキュリティレベル40》
扉が唸りを上げて、ゆっくりと開いていく。
冷気とともに、封印された“地獄”の臭いが漏れ出す。
「開いた……!」カナが声を上げる。
「なぜ……蓮見主任……?」

この時、ゾンビ化したにも関わらず蓮見には、
まだ人間の意識があった。
そう、彼は自らの精神力のみでウイルスにうち勝った、最初で最後の人類だった。
ただのちょいエロオヤジに見えた彼は、その実、思想と手法は違えど、藤村と同じ、科学に身も心も捧げた紛れもない天才の1人であり、修羅であり魔人であった。
ぐるん。
蓮見は端末からカナの方に顔を向ける。
「ひっ.…」カナは恐怖で後退る。
蓮見の、意識を言語化する能力は既に失われていた。
だが、VRの奥の瞳はカナに訴えていた。
「アイツに、藤村に一発喰らわしてくれ」
生涯現役を標榜していた蓮見が、初めてZ世代に道を譲った瞬間だった。

今蓮見が、VRゴーグルでどんな映像を見ているのか、慎也とカナには窺い知れなかった。
意外にも、それは蓮見自身がSONYハンディカムやPanasonicブレンビーで撮影した彼の長男、蓮見晴太(はるた)の幼い時の成長記録の映像だった。
子宮からポロリと生まれた晴太。
おもちゃのなめられ太郎をポロリと落とす晴太。
買ったばかりのアイスをポロリする晴太。
ランドセルが開いたまま、深くおはようをして
中身を全部ポロリする晴太。
運動会でバトンをポロリする晴太。
小学校低学年までの短い記録映像が、繰り返し流れていた。
晴太とは20年近く会っていない。
蓮見の女癖の悪さが原因だった。
晴太は千葉テレビでアナウンサーになっていた。
蓮見が最後にテレビで晴太を見た時、彼はマイクをポロリしていた。
俺と違って、おっちょこちょいな奴だ。
あいつももうゾンビになっちまっただろうな。

ゴーグルの落涙センサーが、微かに反応した。

「……ともさかりえ……..りえ..….….宮沢りえ……」
蓮見は、硬直した左腕の先の、腐った指だけを動かし、指し示す。
──開かれた地下の沈黙した闇を。
「主任、お疲れ様です。これ借ります」慎也は蓮見の白衣の胸に付いていたID認証タグを取った。

「...…サンタフェ..…..…サンタフェ...…」
老人は来た方とは逆の暗闇の方へ、足を摺りながらゆっくりと消えて行った。
慎也とカナは暫く無言で、蓮見が溶けて消えた闇を眺めていた。

「カナ、蓮見主任さ、ゾンビなのに結構しゃべってたな……アウェイク、期待できるかもしれないぞ」
「うん!」

地獄の入り口が、ようやく姿を現した。


* * *
蓮見晴太は、常人離れした活躍で千葉テレビに侵入したゾンビを撃退する事に成功する。照明バトンをポロリさせてゾンビ6体を同時に屠ったのだ。他のテレビ局が次々とブラックアウトしていく中、唯一千葉テレビだけがゾンビウイルスの情報を日々報道し、視聴者に注意喚起し続けた。
後に晴太は地下倉庫で発見した大量の中古ガラケーをFMラジオ受信装置に改造し、各拠点の生存者に配り始める。
ハイエースに組み込まれた移動式ミニ放送局から、彼が初めて流したレコードは、奇しくも、さかともえり『どっちでもIN』だった。

♪コガネムシも コガネモチも
 カシコく生きよう オロカに生きよう 
 とにかく生きよう


第22話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n10852829262d

第20話
https://note.com/ripe_slug9732/n/naaeff946b9cc

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