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[OK Computer]ゾンビですが何か? [Paranoid Android] その20

前回のあらすじ
(少女の成長とモヒカンの心の機微を情感あふれる筆致で描きながら、貧しい時代でもひたむきに生きることの大切さを謳い上げた短編人情小説)

Why don't you remember my name?

チヒロ

北天ヴィレッジ

北天グループが所有・管理する広大な複合研究施設群の通称であり、かつては最先端の生命科学研究と豊かな自然調和を兼ね備えた“未来型コミュニティ”として注目を集めていた。
中心には、北天バイオ技研・中央研究棟――五角形のコンクリート造りの建物がそびえ立ち、そこにはゾンビウイルスの根本的治療法やアウェイクの研究が密かに進められていた。建物の内部は生体信号モニタリングルーム、深部記憶再生ラボ、神経接続実験室など、極秘の実験設備が地下まで縦に連なっている。
その南側には、研究員や政府派遣職員たちが暮らしていた社員寮があり、1LDK〜3LDKまで多様な間取りを備え、家族帯同も可能な設計となっていた。かつては子どもたちの姿も多く見られたが、現在は無人、あるいはゾンビの気配すらある。
公園エリアはヴィレッジの中央を貫くように広がり、人工池や滑り台、噴水のある遊び場、屋外ステージなどが整備されていた。ウイルス蔓延前は、一般市民にも週末に開放され、家族連れや学生たちの姿で賑わっていた。今はその池に黒ずんだ水が溜まり、蚊柱が立ち、遊具の上にはカラスの群れが留まっている。
アートギャラリー棟は、国内外の現代美術を展示する一方で、バイオアートや脳波を可視化したインスタレーションなど、科学と芸術の融合を図る場でもあった。
Mステ事変の数週間前から、「夜中にここに入ると、絵の中に閉じ込められる」「彫刻にされる」などの都市伝説が名無し名義でネットに投稿された。
なお、ここに肝試しに入ったYouTuberは、1人として戻っていない。
植物温室は、南国の植生から砂漠植物までを再現した多層式のバイオドーム。薬草研究とエネルギー変換植物の実験施設を兼ねており、ゾンビウイルスの発症を抑制する「基礎ハーブ」がここで発見されたという未確認の噂もある。
最北端には、かつて救急搬送や視察用に使用されていたヘリポート跡が広がる。風雨に晒された着陸跡は今や雑草に覆われ、わずかに残された赤い誘導灯が廃墟のような寂寥感を漂わせている。
こうして、北天ヴィレッジは、科学の理想と人類の希望が交錯した“ユートピアのなれの果て”として今なお、ゾンビ化した知性と失われた記憶を抱えて静かに佇んでいる。

* * *

ツタの巻き付いた重厚な鉄製の正門を入り、両脇に、イチョウとハナミズキが交互に植えられた石畳の並木道を抜けると、空が開けた。
丸い月が浮かぶ夕暮れの空を背に、慎也とカナはそびえるコンクリのファサードを見上げた。
北天バイオ技研のロゴマークが、退色した銀色のプレートに刻まれている。ガラス窓は割れていない。その窓から非常灯のあかりが微かに見える。奇跡的にここだけ、文明の残滓がそのまま生きているようだった。それが逆に不気味だった。
背後では、半壊した小型ドローンが木に引っかかったまま、警告音を弱々しく鳴らしている。
入り口の両扉の前に立つと、慎也はポケットからヨレヨレの社員証を取り出した。
「そんなので……開くの?」
カナが疑わしげに尋ねる。
慎也は小さく笑った。
「2ヶ月無断欠勤してるから、クビになってなければ」
慎也は一歩前に出て、入り口脇のセキュリティ端末に社員証をかざした。
ホクテン!』 PayPayと同じ音がして、一瞬の沈黙の後、入口のドアが、シューッと滑らかに左右に開いた。
「……開いた……!」
冷たい人工空気が足元から吹き抜けてくる。
エントランスホールは薄暗く、天井の非常灯だけが微かに点滅していた。無人の受付カウンターと、ホコリをかぶった観葉植物。床には誰かの靴の跡が、乾いた泥となって残っている。
カナが周囲を見回した。
「……人の気配、ないね」
「電源は生きてる」
ロビーに、機械の低い駆動音だけが響いていた。
「ねえ、シンヤ。まずルイを探したい。絶対にここにいると思う。何か予感がする」
「ここには、100人程度の初期感染者が収容されてるらしいぜ。どうやって探す?何か特徴でもないと」
「13歳。男の子。金髪。巻き毛。碧眼。ポーランド人だから」
めっちゃ特徴的だった。

慎也「ヘイ、チヒロ!」
カナ「え、?何突然」
チヒロ『すいません、よく聴き取れません』
天井のスピーカーから、落ち着いた女性の声が答える。
慎也「チヒロは北天バイオ技研のマザーコンピュータだ。音声対応してる。でも呼びかけた人間の声しか認証しないから、少し静かにしててくれ」
カナ「わかった」
慎也「ヘイ、チヒロ!探してる人がいるんだけど」
カナ「年齢は13歳、外見は──」
チヒロ『すいません、よく聴き取れません』
慎也「いや、だから、ヘイ、チヒロ!って最初に呼びかけた俺にしか反応しないんだって」
チヒロ『すいません、よく聴き取れません』
慎也「あ、今のヘイ、チヒロ!に反応したのか」
チヒロ『すいません、よく聴き取れません』
カナ「…イライラするわね。私がやるわ。ヘイ!チヒロ探してる人がいるの。歳は13で──」
チヒロ『すいません、認証できません』
慎也「あ。そうか、社員の俺の声しかダメなのかな?」
カナ「……」
慎也「ヘイ、チヒロ!次にヘイ、チヒロ!って呼びかける子の声を登録して」
チヒロ『すいません、よく聴き取れません。』
カナ「今のって、2回目のヘイ、チヒロ!に反応しちゃったんじゃないの?」
チヒロ『すいません、認証できません。』

25分後、カナの声を認証させる事に成功した。
カナ「ヘイチヒロ、男の子を探してる。名前は無量小路ルイ、13歳 金髪 巻き毛 碧眼」
チヒロ『「無量小路」という苗字は、非常に珍しい苗字で、全国で40人程度しかいないとされています。この苗字は、源五郎丸という他の珍しい苗字と並んで…』
慎也「あ、ウィキペディアに繋がった」
カナはホルスターから銃を抜いて、天井の監視カメラに、狙いを付ける。
「チヒロ、ダルいわ。いい加減にして。さもないとアンタを解体して、東K2区画の肛門科の待合室トイレのウォシュレットノズルにするよ!」

おええええええええええええ
慎也は、2日前にたまたま立ち寄った東K2区画にあった、無免許の獣医が開いていた肛門科の惨状を思い出して、思わず嘔吐する。
あそこは..…本当の地獄だ。
チヒロ『……..該当する被験体が一名存在します。コードナンバー:0045。登録名:無量小路ルイ 年齢一致、性別一致。保護者情報:不明。
移送日:10月23日。移送元:都内総合病院 臨時隔離棟』

カナは喉の奥で息を飲み込んだ。足が、自然と一歩、前に出る。
「場所は? ルイは、どこにいるの?」
『所在:地下セクター7。隔離実験エリア・ゾーンC。ステータス:収容中。
最終アクセス日時:89日前』
「セクター7……」慎也が眉をひそめる。「まずいな。あそこは──」
チヒロが、妙に静かな声で言った。
『注意:地下セクター7は危険区域に指定されています。立ち入りは――推奨されません』
カナ「構わない。地下への入り口は?」
チヒロ『では、ご案内致します』
廊下の床に、緑色の矢印が浮かび上がる。
「行こう!」走り出そうとするカナの手を、慎也が突然、強く掴んだ。
「待て」
「何?」
慎也は、ずっとカナに聞かなければいけない事があった。本当はもっと早くに聞かなければいけなかったのに。
「ルイは、無事かもしれない。でも、無事じゃないかもしれない。《アウェイク》は完成したかどうかわからない。完成したという噂もある。
でも、今まで一緒に見てきた世の中の感じから判断すると、望みは薄いと俺は考えてる」
「..…何が言いたいの?」
「もしルイがゾンビだったら、君はルイを殺せるのか?」
嫌な沈黙が流れる。
「もし、ルイがゾンビなら..…」
カナは紙のような表情で答えた。
「1発で仕留める」


第21話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n3a3e3aa003e2

第19話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n6670e022e0ae

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