[まともな奴ほど]ゾンビですが何か?[Feel so bad] その19
前回のあらすじ
(オアシスvsブラー🇬🇧ブリットポップ頂上決戦
池上彰さんが『愚問ですね〜』 さて、どんな質問?」)
He's got leather and big tattoos.
Scars all over his face.
And I wonder if he ever has cried.
北天タワー
〜モヒカンとカナと、時々、慎也〜
朝焼けは雲に滲み、空は鉄錆色をしていた。
無人の道路に瓦礫が散乱し、風が吹くたび、ガラスの破片がカラカラと転がっていく。
遠くから、金属の軋むような音が風に乗って聞こえてきた。
「……聞こえる?」
カナが足を止め、耳を澄ます。
「エンジン音。……バイクだと思う。しかも、あれは……」
バババババ……という乾いた音が、確実にこちらへ近づいてきていた。
やがて、視界の端から現れたのは、ボロボロの三輪バギーだった。フロントには羊の頭蓋骨がくくりつけられ、金属の棒を束ねたようなバンパーが前方を威圧している。
バギーに2人乗りでまたがっていたのは、まさしく“ならず者”だった。
一人はモヒカン。もう一人は逆モヒカン。
どちらも鎖帷子のようなジャケットをまとい、肩にはトゲトゲの鉄パッドを装着。
腕、体、首はビッシリと悪魔のタトゥーで埋まっている。
鼻ピアス、瞼ピアス、そして――乳首ピアス。全部がチェーンで繋がれており、それが走行中にバギーの振動に合わせてシャラランラン、シャラランラン、シャラランランと鳴っていた。
「……終わってるわね」
カナがつぶやいた。
バギーは慎也たちの十数メートル手前で停まり、エンジン音だけが虚しく響いていた。
逆モヒカンの方が、にやにやしながら唇を舐める。
「おーい、そこの二人旅、待ってくれよ。別に変なことするつもりはねえ。ただ……道を聞きたいだけなんだよな、俺たち」
「なあ?」
と、モヒカンの方が言いながら、バギーから降りてきた。
モヒカンの手には曲がった鉄パイプ。
逆モヒカンの手には有刺鉄線の巻かれた金属バット。
足音は意外と軽く、ゆっくりと近づいてくる。
カナは身構えた。
一歩前に出て、慎也をかばうように立ち、目だけで彼に指示を送る。
「顔、隠して」
慎也は一瞬、迷った。
だが、次の瞬間、カナは自分が着ていた黒いパーカーを脱ぎ、黙って彼に差し出した。
「ん」
「え?」
「んっ!」
「……ありがとう」
慎也はトトロの大垣勘太を思い出しながら、
黙ってパーカーを受け取り、それを羽織ると、深くフードをかぶった。
ゾンビ化した外見を隠すには、カナのパーカーしかなかった。
モヒカンがカナをじろじろと舐めるように見ている。
「お姉さん、いい身体してんなあ。てか、もうちょっと愛想よくしろよ? な?」
逆モヒカンが後ろから笑いながら言う。
「でもさ、そっちの兄ちゃんの方は……なんか具合悪そうだなあ?ゾンビじゃねえよな? なあ?」
「ただの風邪」
カナが即答する。その声音は冷たく、少し低かった。
「風邪ぇ? この時代に風邪? ハハハ、何年寝てたんだよアンタ?」
モヒカンが笑いながら、カナの髪に手を伸ばす。
バシッ。
その手を、カナは一瞬で払いのけた。
ついでに、膝蹴りを鳩尾に入れる。
「ぐっ……!」
「汚ねぇ手で私に触るなって、聞こえなかった?」
カナの声は静かで、低く凍っていた。
モヒカンは一瞬うずくまり、そしてゆっくりと顔を上げた。
その顔には笑いが消え、赤黒い怒りが浮かんでいた。
「……やってくれんじゃねえか。なあ、逆モヒカン?」
逆モヒカンもバギーを降り、手にしたトゲトゲバットを肩に担ぐ。
「兄ちゃん、どいてくんねえかな? 女だけちょっと借りるからよ。終わったら返す。安心しろ」
慎也はフードを下げて、ゾンビの顔をモヒカン達に晒そうとした。情け無い話だが、人間相手には驚かすくらいしか手が無かった。
逆モヒカンがバットを振りかざす。
「なにビビってんだよ、兄ちゃんよ――」
その瞬間だった。
言い終わる前に、カナが一気に踏み込んだ。
逆モヒカンの足下の小石を蹴り上げ、顔に向かって砂を巻き上げる。
「ぎゃっ!? 目ぇ、目ぇッ!」
カナの右手が、ありえない速度で相手の手首を掴み、ぐに、と骨をねじる音がした。
逆モヒカンがバットを落とす。
「……な、なんだ……お前……」
カナは無言のまま、そのまま相手の顎を殴り抜いた。
スパーンッ!
逆モヒカンの頭がぐるりと回り、意識を失ってその場に崩れた。
モヒカンが後ずさる。
「なんだ!?お前……どっかの国のエージェントか何かか!?」
カナは一歩、踏み出した。
モヒカンは逆モヒカンを引きずるようにして、バギーへと戻っていく。
「くそっ、覚えてろよ……せいぜいゾンビに気をつけるこったな……!」
バギーが走り去り、また沈黙が戻った。
風が吹き、パーカーの裾がはためく。
慎也はフードをおろした。
「……ありがとな。パーカー」
「洗濯しといて」
カナはそっけなく言いながら、トゲバットを拾って背中に回した。
そのとき、ふと視界の端に何かが揺れた。
足元のアスファルトに、一枚の紙切れが貼りついている。白くて四角い、風で舞い落ちたような──
「……これ、あいつらの?」
慎也がしゃがんで拾うと、油染みのような指紋と、血のような赤黒いシミが少し。
慎重に折りたたまれたそれを開くと、中には手描きの地図と、座標のような数字、食料と水の明細が記されていた。
「…….…あいつら、本当に道を聞きたかっただけみたいだな……しかも.…ボランティアで、水と食料届けに行く途中だったみたいだ」
「あんなかっこしてるアイツらが絶対的に悪い。多様性にもTPOとマナーってもんがあるのよ」
瓦礫の路地を抜けて、慎也とカナは少し広い、元オフィス街のような通りに出た。
「……ここ、さっきのメモにあった“北C区画”じゃね?」カナが呟いた。
「あ、ほんとだ──。……さっきの2人組が居たら気まずいな..…」慎也は再びパーカーのフードを上げる。
歩いていくと、道の先に小さな人だかりが見えた。
10人足らずの男女が、汚れたペットボトルやポリタンクを手に、何かを待っている。
その中心に、見覚えのあるシルエットがあった。
「……あれって」
カナが目を細める。
そこには──
あのモヒカンの男が立っていた。
だが今、彼は肩パッドも、鎖帷子も、ピアスもタトゥーさえも無く、汗だくの半裸になっていた。
筋肉質な腕が見える。原付の荷台からは、大きなポリタンクと乾パン、缶詰、さらには同人誌『蒼天の希望ちゃん』が次々と取り出され、人々に配られていた。
「……嘘でしょ。本当に……ボランティア?」
カナが呆然とつぶやく。
モヒカンが振り向いた。
「あっ! さっきのやたらつえー姉ちゃん!」
満面の笑みを浮かべて手を振ってきた。
「よかった! まだこの辺にいたんだな! あんときは、怖がらせちまって悪かったなー!」
「トゲトゲの肩パッドと鎖帷子が無いけど、外したの?」カナが尋ねる。
「いや、実はアレ、プロジェクションマッピングなんだ」
「ピアスもタトゥーも無いけど、どうしたの?」
「ああ、あれもプロジェクションマッピングだ」
「バイクが原付になってるけど.…バギーは?」
「ああ、あれもプロジェクションマッピングだ」
「逆モヒカンの姿が見えないけど」
「プロジェクションマッピングだ」
カナがショックで膝を折りそうになっていた。
「兄ちゃん、風邪なんだろ?顔色悪いけど大丈夫か? ちょっと冷えてる水だ、持ってけよ」
「……ありがとう」
慎也が受け取りながら、少しだけ戸惑ったように言う。
「あのとき、ほんとにただ道を聞きたかっただけだったのか?」
「そーだよ。俺この区画の生存者に物資届ける役しててさ。あんたらが見えたから聞こうとしたんだけど──」
「俺たちが早とちりして……」
モヒカンが頭をポリポリかきながら言う。
「服装、な。わかってる、怖いって。けどさ、トゲとかチェーンとか、強奪者とか変態避けにもなるんだよ」
モヒカンが苦笑いする。
カナは、ようやく心の整理がついてきたのか、小さく頭を下げた。
「……さっきはごめん。バット返すわ……」
トゲバットはフランスパンになっていた。
「プロジェクションマッピングだ。気にすんな。こんな時代を生き残るってのはそういうことだろ」
こんな時代でも人々は助け合い、支え合いながら、逞しく生きていた。
南から、ゆるい風が吹く。
「なあ、あんた達。この先はもう北天バイオの施設しか無いけど、ひょっとして..…」
モヒカンが別れ際に、尋ねてきた。
「ああ、探してる人がいるかもしれないんだ」
「そうか..…あそこの地下には進化したゾンビが居るって噂だぞ。風向きでここまで咆哮が届く事があるんだ」
「進化したゾンビ...…」カナの顔が強張る。
「その目は、止めても無駄って感じだな。死ぬなよ」
二人は顔を上げて再び歩き出した。
丘の上の北天ヴィレッジへと続く、最後の一本道を。
第20話
https://note.com/ripe_slug9732/n/naaeff946b9cc
第18話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n8b547452fadc
