表現の引き出しは、撮影だけでは増えない
本格的に被写体活動を始めて、1年2ヶ月くらいになった。
もう1年。まだ1年。
長いような、短いような。
振り返ってみると、この1年でたぶん150回くらいは撮影してきた。
それだけ撮ってれば、最初の頃より撮影にも慣れたし、自分がどう動けばいいのか、どんな表情が得意なのかもだんだん分かってくる。
でも途中で、自分の得意な表現しかできなくなった時期があった。

……というか、他にもできるはずなのに、撮影になるとついつい「自分の好き」と「自分の得意」ばっかりやってしまう。
まさに、型にハマってしまった感じ。
撮影に慣れれば慣れるほど、むしろ表現の幅が狭くなっていった。
で、どうしよう、ってなった。
被写体を始めたての頃の気持ちというか、自分の奥に眠ってしまった初心みたいなものを、もう一回引っ張り出したかった。
自分の表現の幅をもう一度広げるために、やったことは2つ。
普段苦手な撮影とか、あまり選ばないジャンルをあえてやってみること。
あと、まだ撮ってもらったことないけど「この人の写真好きだな」って思ってたフォトグラファーさんに、自分からお願いして撮ってもらうこと。
どっちも、自分の中に今までなかった刺激を入れるため。
新しい経験を増やすことで、表現することへの熱量を上げたり、自分の中の引き出しを増やしたかった。

まず苦手なものをあえてやってみる方。
これは単純に「自分でもできること」を増やすため。
得意なものだけやっていたら、当然だけど得意なものはどんどん上手くなる。
でも、できないことはずっとできないまま。
私はたぶん、撮影に慣れていく中で「失敗しない方法」も覚えてしまったんだと思う。
この角度なら大丈夫。
この表情なら使える。
こう動けばそれっぽくなる。
撮影回数が増えたからこそ、そういう自分の中の正解が増えた。
それ自体は悪いことじゃないと思うけど、その正解ばっかり選ぶようになったら、いつの間にか自分の表現が似たものばかりになってた。
だから、あえて自分が普段選ばないものをやってみる。
うまくできなくても、とりあえずやってみる。
そうすると「意外とこれもできるじゃん」って思えるものが少しずつ増えていく。
逆に、苦手だと思っていたものをちゃんとやってみて、
「あ、やっぱりこれは向いてないわ」
って分かることもある。
それもそれでひとつの発見。
じゃあこの方向は無理して極めなくてもいいな、っていう結論を出せる。
やってみないと、得意なのか苦手なのかすら本当は分からない。

もうひとつ、好きな写真を撮る人にお願いして撮ってもらう方。
これは被写体としての勉強でもあるけど、撮る側としてもめちゃくちゃ勉強になる。
好きな写真って、完成した一枚だけ見てても分からないことがたくさんある。
どういう場所を選んでるのか、どこを見て、どんな声かけしてるのか。実際その人の前に立ってみると、
「あ、この写真ってこうやって生まれてるんだ」
って分かる瞬間がある。
私は撮る側もやってるから、被写体として撮られながら、頭のどこかではカメラマンとして見てたりもする。
逆に、その人の撮り方に触れることで、自分では思いつかなかった表情や動きを引き出してもらえることもある。
自分一人で自分の引き出しを増やすのには、たぶん限界がある。
だから、自分とは違うものを持ってる人のところに行って、刺激をもらう。
あと、いろんな人と撮影することって、写真以外のメリットも結構ある。
特に初めての人と撮影すると、その人の価値観だったり、コミュニケーションの取り方だったり。
同じ「写真を撮る」でも、本当に人によって全然違う。
話しながら撮る人もいれば、あまり言葉を使わない人もいる。
細かく指示する人もいれば、こっちに委ねる人もいる。
写真とは直接関係ないところでも、いろんな発見や学びがある。
そういうものも全部ひっくるめて、私は表現の引き出しになっていくんじゃないかなと思ってる。
人って、人生経験が重なると少しずつ深さが出てくると思う。

なんか影がある表情だったり。
笑ってるんだけど、どこか少し曇ってるような眼差しだったり。
そういうのって、ポージングを覚えたとか、撮影を何百回したとか、それだけでは出てこないものもある気がする。
その人が今まで何を見て、何を感じて、どういう人と出会って、どんなことで嬉しくなったり、傷ついたりしてきたのか。
そういう経験値も、表情には少なからず影響してると思う。

だから「人生経験」って、ただの回数でも年齢でもない。
長く生きてるから表現に深みが出る、っていう単純な話でもなくて。
自分の人生の中で、どれくらいいろんな出来事に触れてきたか。
どれくらいいろんな感情を知ったか。
たぶん、そういう経験の「幅」なんだと思う。
……で、なんの話だっけ。
なんだかんだダラダラと述べてたら、この記事、最初なんの話だっけ?って自分でも忘れそうになった。
撮影に慣れすぎて、表現の幅が狭くなった話だった。笑
こうやって「なんか壁に当たったな」と思うときは、新しいことをやってみる。
今までしたことのない撮影をしてみる。
撮る側に回ってみることもある。
なんならいっそのこと、何も決めずにカメラを持って、ふらっとお散歩や遊びに出かける。
気分転換する。
うまくいかない時期があっても、表現の幅が狭くなった気がしても、また違うことをやってみればいい。
でも、撮影をやめることだけはしない。
私は写真が好きだからね。
ずっと昔から。

credits:
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