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相談の受け手に内在する無意識の問題点とは?

私の先の記事、
隠れ毒親の介護や体が弱い子供による親の介護って何が大変?
と関連しています。


1/5 時々起こる介護殺人において思うこと

長年、介護している方が介護されている方を殺害してしまう介護殺人。
ニュースで見るたびに痛ましすぎて涙が出そうになります。

介護をしている家族が介護疲れや将来を悲観して、
被介護者を殺害してしまう事件です。

多くの場合、
「もっと介護サービスを利用していれば良かったのでは?」
と介護者に非があると思われるかもしれません。

長年、両親を介護している私自身の経験からすると、
おそらく介護殺人になってしまうケースの方々も
介護制度を利用されていたと思います。
はっきりと状況を伝えて「助けて」と言っていたかどうかは別として、
その介護サービスと関わる随所で、
「助けてほしい」という訴えが
態度の中には出ていたのではないかと思っています。

なぜ、相談できないか。
相談しても無意味な理由として
相談の受け手(相談相手)に内在する無意識の問題点を整理してみました。

2/5 認識的不正義による無意識の問題点

イギリスの哲学者ミランダ・フリッカーによる概念です。

認識的不正義とは、相談者と相談相手の間で、
相談相手側に宿る「社会的な偏見」が起因して起こる
不相応な態度のことです。

フリッカーによると、2種類あり、
一つは証言的不正義、もう一つは解釈的不正義とされます。

証言的不正義とは、
社会的な地位や属性に基づく偏見によって
相談者が不当に軽視されたり、無視されたりする不正義です。

医師と患者や、先生と生徒、専門家と普通の人などの社会的地位の差や
白人と黒人、日本人と外国人、
健常者と精神疾患のある人などの属性に基づいて起こる不正義とされます。

例えば、介護家族とケアマネさんの間には社会的地位の差があります。
一般的には、高齢者を見てきた数も異なります。
そのため、たくさんの高齢者を見てきたケアマネさんからすると、
いろんな高齢者がいるのだから、
そんなことぐらいで問題視するなという意見を表明する場合があります。
これも、証言的不正義です。
また、家で介護をしているだけになっている私を
「何もできない人」として軽視して(属性に基づく偏見)、
相談にちゃんと応じない場合も証言的不正義に当たります。

解釈的不正義とは、
社会的認識が足りていないために起こる
相談相手の相談を理解できないで対処してしまう不正義です。

セクハラという概念がない時代のセクハラ問題などが挙げられます。

私の話でいえば、
毒親に傷つけられた子供が大人になった後の問題を認識していないため、
ケアマネさんが自分の人生と対比し、
そんなことぐらい大した問題ではないとする場合です。
相談相手が知らない事実だった場合は、
「そんな人いません。」という回答もあります。

この2種類の問題だけでなく、相談相手が相談に正しく応じられない
私が考えた無意識の問題点があります。

3/5 テレビやマスコミが作り上げた国民性に起因した無意識の問題点

知らず知らずのうちに、テレビを見ているだけで影響を受け、
そういう風にするもんだと思ってしまう不正義です(私が考えました)。

極端な人との比較による不正義
世の中の極端に苦労している人々を
テレビやマスコミなどで見ることによって、
それを念頭に置いて、相手と比較し、返答に使う場合です。

よく言われる言い方でいえば、
「もっと大変な人がいるんだから、それくらい我慢しなさい。」です。

この言葉は、相手の相談を鼻っから否定し、遮断してしまいます。

限られた時間で答えを出さないといけない不正義
こちらもテレビやマスコミに起因した内容です。
例えば、お昼の長寿番組に、
「午後は○○おもいッきりテレビ」という番組がありました。

その中に「ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話」
というコーナーがありました。
いわゆる電話相談コーナーなのですが、
ほんの短い時間で相談し、解決するというものです。

本当の相談には、いろんな背景があり、
そう簡単に答えが出るようなものなら、誰も相談しませんが、
そういう、一瞬でスパっと解決するみのもんたさんの姿に影響を受け、
その場で答えを出さないといけないと思う不正義です。

ラジオの電話相談も同様です。

また、これはテレビだけの問題ではなく、
忙しい社会では、そもそも相談時間が限られていて、
時間が来たら相談を打ち切らないといけないという問題も起因しています。

4/5 相談をしても無駄と思わせる4つの問題点

まとめると、
1.地位や偏見によって相談者を不当に軽視する場合(証言的不正義)
2.そんなこと聞いたことないとして適当に対応する場合(解釈的不正義)
3.極端な人と比較して相手を諭してしまう場合
4.時間が限られているため、適当に対応する場合

知らず知らずのうちに、そういう対応をしてしまうと、
相談しても無駄というイメージが出来上がり、
社会問題の解決をより遠ざける原因になります。

5/5 相談は相談者の救済目的だけか?

そもそも、相談者を助ける必要があるのか。と考える人もいます。
自己責任論ならば、そう言われる可能性もあります。

では、社会において、
相談は相談者の救済だけのためにあるのでしょうか。

相談内容は、いろんな人が直面している社会問題をはらんでいます。
しっかりと原因を分析して対応し、今後の対策に活かすことができれば、
それは社会問題を解決することにつながります。

社会問題を放置すれば、今、その問題に直面していない人も、
やがて直面し、大きな問題へと発展していきます。
個人を助けるだけという問題だけでなく、
全体的な社会的損失につながっていきます。

相談は貴重な情報源と捉え、
未来の人々が同じ苦労をしないようにすることが
社会運営上、大切なのではないでしょうか。

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