退院。オリンピック選手を目指す⁉ |~1億分の1の病歴~結核編⑨
「オリンピック選手にはなれないけどね」
と先生が言った。
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入院期間は
たまっていた週刊漫画誌を一気に読んでいた。
共通スペースに置いておくと
すぐに誰かが手に取っていった。
買い物は看護師さんを通じてできるけれど
やっぱり、別のエンタメがあるのは嬉しい。
少しだけ、お裾分けできた気分になった。
気づけば、入院生活は3週間。
退院の説明のとき、
初めて先生の素顔をみた。
ずっとマスク越しだったので
「あ、やっと普通の生活に戻れるんだ」
と感じた瞬間だった。
肺の損傷
肺は10~15%損傷していた。
「え、そんなに…?」
だって、レントゲン写真は
よく見ないとわからない
薄い雲みたいなかげりがあった位。
(‥‥それなのに、
そんなにダメージがあるの?)
ショックだった。
当時は病院で「最短記録の退院」と言われていた。
だから、かすり傷程度の肺の傷だと
思っていたからだ。
急に不安になり、
「せ、先生…
あんなちょっとの影で10%の損傷だなんて」
「これから先、何か困る事あるんですか?」
「走ると苦しいとか…」
一気に聞いた。
先生は答えた。
「いや、全く。」
(‥‥え?)
「走って苦しくなんてならないし、
多分気付かないよ」
「オリンピック選手を目指すなら別だけどね!」
(‥‥‥‥)
一瞬の間のあと、思わず吹き出してしまった。
「先生、もうこの年齢で目指さないって~!」
「そもそも、走るの速くないし!」
2人で大笑いした。
明るくて、気持ちに寄り添ってくれる
いい先生だった。
説明の時に、先生はこうも言った。
「普通の人より、ほんのちょっと
肺の病気にかかりやすくなるかも
しれないけれど、殆ど変わらないよ!」
この時は、
「そうなんだ~!」
で済んでいた、返事。
でも、この言葉が
後のコロナワクチン接種をするときの
後押しになったのだった。
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