イブ物語|判断寓話|マリアの小さな冒険②|聞く力
世界は、思っていたより少しだけ怖くて、
思っていたより少しだけ優しい。
これは、まだ何者でもない少女マリアが、
旅の途中で、自分の居場所を見つけていく物語。

【マリアの小さな冒険②】
ー 聞く力 ー
ルーネリアの街に朝日が昇る。
まだ街が起きる前の時間
マリアは、そっと部屋の扉を開いた。
ベッドの上では、ジャンが丸まったまま寝息を立てている。
扉の近くに、ジャン用のご飯を置くと、
「いってきます……」
小さく呟き、宿を出た。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、
一定のリズムで走る。
外壁沿いの道を進みながら、周囲を見る。
小道。建物。死角。行き止まり。看板。
夕暮れに見た景色と、朝の景色は違う。
地図には載らない情報。
--自分の足でどれくらいかかるか。
--高低差はどうか。
ひとつひとつは小さい。
でも、初めての場所では、必要な感覚だと思った。
外壁沿いを進むと、街の中心部の泉に出る。
三日月地区。
この街のシンボルと言われる場所。
マリアは足を止め、衛兵にもらった地図に印をつけた。
整えられた三日月状の泉が、朝日を返している。
周囲は、まだ静かだった。
「今日はここまで」
そう言うとマリアは、
向きを変え、茜の小麦亭の方へ走り出した。

宿が見える頃には、街が動き始めていた。
荷物を積んだ馬車。
仕事へ向かう農夫。
すれ違う人が、小さく手を上げたり
挨拶をしてくれる。
「いい街……かも」
そう思った。
宿のすぐ近くにある共有井戸で、水を汲み、
一口だけ口に含む。
味を確かめるように、マリアはゆっくりと水を飲み込んだ。
――初めての街では、朝一に井戸の水を飲む。
手帳に書かれている。
--なんでだろう?
マリアの記憶もあやふやだ。
ただ、水の味は、その街の一番正直な顔だ。
水は冷たく、透き通った味がした。
この味は覚えておこうと、マリアは自然と考えた。
「おはよう。随分早起きね?」
振り向くと、ハンナがいた。
「おはようございます。
“冒険者は体力が命!”
昔、そんなことを教えてくれた人がいて……」
「へー。
私の知ってる冒険者なんて、昼まで起きない人ばかりだけど」
昨夜、机に突っ伏していた客を思い出し、ハンナは少し笑った。
「"この世の酒は、だいたい俺の物〜"なんて言う人もいましたよ」
真似をしながら喋る姿にハンナは吹き出した。
「あはは、そうそう。だいたい、そういう奴が冒険者になるのよ」
「マリアちゃんは、なんで冒険者になったの?」
少しだけ考える。
「自分に嘘をつきたくないから。
見たい物、知りたい事が、沢山あるんです」
ハンナの目が、少しだけ柔らかくなった。
「帰って来た者だけが、冒険者と呼ばれるの……
それだけは忘れないでね……」
その一瞬だけ。
ハンナの瞳は、どこか遠かった。
マリアが首をかしげると、ハンナはすぐ戻った。
「今日はどうするの?」
「仕事探します」
「朝ごはんは?」
「まだです」
お腹を押さえる。
「食べなさい」
すぐに言った。
「空腹で仕事を探すのは、怪我と同じよ。
気づいた時には、もう遅いタイプの怪我」
少し考えて、頷いた。
「……はい」
しばらくして、朝食が運ばれてきた。
黒パン。
薄焼きの卵。
少しの塩漬け肉。
温かいスープ。
派手ではない。
でも、朝のごはんだった。
「いただきます」
パンをちぎる。
少し硬い。
噛むと、甘みが出る。
スープを飲む。
少し塩が強い。
でも、身体が温まる。
「どう?」
「……強い味です」
「でしょ」
ハンナは笑う。
「この街はね、働く街なの。
優しいだけの味じゃ、持たないのよ」
もう一口飲む。
少しだけ、美味しく感じた。
「マリアちゃん。
仕事を探すなら――
急いでる人じゃなくて、
困ってる人を探しなさい」
「急いでる人は、判断を間違える。
困ってる人は、話を聞く」
「冒険者ってね、
剣より前に、聞く力で生き残るの」
ゆっくり頷いた。
マリアは皿を見て、少し迷った。
「……いくらですか?」
「銅貨、3枚」
銅貨を4枚を置くと、ハンナが眉を上げた。
「値引きしてもらったら、
少し戻せって、書いてあったので」
ハンナは少し黙ってから、笑った。
「……いい手帳ね」
「はい」
少しだけ、誇らしかった。
外に出ると街は、もう動いていた。
鍛冶屋の音。
市場の声。
遠くの家畜。
深く息を吸う。
井戸の水の味。
朝ごはんの味。
街の音。
全て覚えておこうと思った。
「……さて」
マリアは歩き出す。
急いでる人じゃなくて。
困ってる人を。
それが、今日の最初の仕事。
そして。
それが、たぶん
――この街で生きるための、最初の一歩だと思えた。

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