イブ物語|判断寓話|マリアの小さな冒険③|生きて帰る
世界は、思っていたより少しだけ怖くて、
思っていたより少しだけ優しい。
これは、まだ何者でもない少女マリアが、
旅の途中で、自分の居場所を見つけていく物語。

【マリアの小さな冒険③】
ー 生きて帰る ー
「どうしよう…」
マリアの前には一つの案内板が立っていた。
リュックの中から黒猫のジャンが顔だけを出し、マリアの視線の先を一緒に見つめている。
案内板には
→FRAG(ファリーネ遺跡冒険者ギルド)
←マイク商会
と書かれている。
--
冒険者には二つの仕事先がある。
一つは冒険者ギルドに登録し、依頼を受けるもの。
もう一つは商会ギルドで、依頼を受けるもの。
冒険者ギルドの依頼は、危険が伴う討伐や探索が多く、その分見返りも多くなる。
逆に商会ギルドの依頼は、採取や運搬、護衛など比較的安全な依頼が中心である。
ただし、見返りは少ない。
マリアは手帳に書かれていた内容を読み返し、案内板を見つめていた。
「......今の私ならこっちだよね?」
ジャンにそう言うと、左側のマイク商会と書かれた道を進んだ。
しばらく道を進むと市場が並ぶ商業区域に着いた。
多くの商人や人夫が行き交い、露店では客引きが声を出し商品を勧めている。
「賑やかなところ」
マリアはリュックを揺らし、その中でも一番大きな建物に向かった。
--マイク商会 ルーネリア支店--
建物には大きな看板が掲げられている。
商人たちが商談に熱を上げ、荷馬車が行き交っていた。
店先に大きな掲示板があり、さまざまな依頼が張り出されている。
マリアは掲示板の前で、依頼書を眺めていた。
街道護衛、採掘、荷運び。
依頼内容と依頼額が書かれた紙を一枚ずつ目で追う内に、ひとつの依頼が目に止まった。
掲示板の端。
誰も見向きもしない、小さな依頼。
そこには「薬草採取」と書かれていた。
手帳を取り出し、依頼書と見比べる。
「うん、この薬草ならわかる」
そう言うと依頼書を剥がし、店内へ向かった。
「いらっしゃいませ。マイク商会へようこそ」
受付の若い女性がニコリと笑い、マリアに話しかけた。
「この依頼を受けたいのですが…」
「ありがとうございます。お仕事の受注ですね。当商会のご利用は初めてですか?」
「はい」
「では、こちらに必要事項をご記入ください。
…文字は書けますか?」
「大丈夫です」
そう答えると書類を記入する。
その様子を見ながら案内係は続ける。
「当商会でのお仕事は、基本的に後払いとなります。」
「採取系のお仕事は成果に応じてボーナスが付くこともありますが、期日や量を守らないとペナルティが発生する場合もあります」
マリアは小さく頷く。
「…マリアさん。今回、受けていただくお仕事は薬草の採取です」
「人気がない依頼で、報酬もあまり出せませんがよろしいですか?」
「どれくらいですか?」
受付係は依頼書を確認する。
「薬草30束で銀貨3枚です」
銀貨3枚。
手帳に書かれていた相場より、少しだけ安い。
「はい、お願いします」
マリアは記入した書類を渡しながら答えた。
「かしこまりました。では、最後の確認です。指定の薬草は鮮度の問題があるので、明日の朝までには納品してください」
「期日や量が守られない場合は、当商会からの依頼は一定期間受けられなくなります」
そう言うと受付係は書類にスタンプを押した。
その用紙を受け取り、リュックにしまう。
ジャンが少し心配そうに鳴いた。
「大丈夫だよ。……手帳に載ってたから」
そう言うと、マリアは商会を後にした。
ーー

ルーネリア 西の森
時間は正午を過ぎている。
マリアは手帳を見ながら確認していた。
「龍牙草(りゅうげそう)
--黄色い花をつける棘のある薬草」
スケッチされた薬草の絵を眺め、あたりを見まわす。
「この辺じゃないか」
ジャンも草の匂いを嗅いでいるが、尻尾をゆっくり動かすだけだった。
帰り道を見失わないように、
近くの木に剣で大きな目印をつけた。
「初めて使ったのが目印のためか…」
クスリと笑う。
道を外れ、森の中へ入るが、
深くは進まず、少しずつ歩みを進めた。
「あった!」
マリアは慎重にそれを摘み取り、
手帳の絵と見比べた。
……形は、同じ。
「似てるけど……なんか違うような」
似ている。
だが棘の色が、手帳の絵よりもわずかに濃い。
マリアは違和感を感じていた。
街を出てから、かなり時間が経過していたが、森の中では時間感覚が狂う。
それ以上に、期日と約束の量を集める事に焦りを感じ始めていた。
そんな時、ジャンがピタリと止まる。
森の奥を見つめ、微動だにしない。
「どうしたの?」
マリアもジャンの見つめる方向に目を凝らす。
森の奥が僅かに動く。
マリアは咄嗟に剣を抜いた。
指が震える。
ゆっくりと近づく影に、マリアの体は強張った。
ガサ…ゴソ…
メェ〜
森の中から現れたのはヤギだった。
マリアの体の力が抜ける。
「あはは」
「メェー」
声に応えるように鳴くヤギに、緊張が緩んでいく。
ヤギはマリア達を見つめると、足元の草を食べ始めた。
「ごめんなさい。あなたのご飯を奪うつもりはないの」
そう言うと、ヤギから距離を取ろうとしたマリアが何かに気づく。
正確には思い出していた。
「そうだ」
そう言うと手帳を取り出し、ページを捲る。
--あった!
そのページの内容を読み返す。
--老いたヤギの薬草を食べている姿を見た老人が、その薬草を煎じて飲んだら元気になった話。
マリアの頭に何かが繋がった。
草むらに身を隠し、遠くからヤギが食べる草を見つめる。
ヤギが食べている近くに黄色い花が咲いていた。
--あれだ。
マリアはゆっくりと近づくと、ヤギはひと鳴きし離れる。
足元の薬草を摘み、袋に詰める。
ヤギの後をつけて、同じことを繰り返した。
時間はかかるが、少しずつ薬草が集まっている。
しかし、あたりは静かに夜を告げようとしていた。
日が傾き、視界が悪くなっていく。
ヤギも満足したのか、動かなくなっていた。
マリアは袋の中を確認する。
約束の量にはなっていない。
「どうしよう…」
ジャンを見ながら呟いた。
その時、森の奥から冷たい風が吹き込んだ。
さっきまで聞こえていた虫の声が、ふっと止む。
木々の影が揺れ、
まるで何かがこちらを見ているような錯覚が走った。
遠くから、狼のような鳴き声。
それは一声だけではなかった...
マリアは一瞬、体を縮めた。
リュックの中を確認する。
念のため、入れてある非常食。
革の水袋。火打石。替えの服。
今からなら、街の閉門までにはギリギリ間に合う。
ただ翌朝、開門してからここまで戻って来ていたら、期日には間に合わない。
脳裏には二つの考えが浮かんでいた。
--夜をやり過ごし、朝まで薬草を探す。
--薬草採取を諦めて、閉門する前に街に帰る。
ジャンの顔を見つめながら、マリアは一人考えた。
ジャンが撫でられながら、小さく鳴く。
「そうだね。
生きて帰った者だけが冒険者だね…」
そう言うと立ち上がり、街へ引き返した。
ーー
日が落ちる頃にルーネリアの門をくぐった。
老衛兵が声をかけた。
「小さな冒険者さん。おかえり」
「ただいまです…」
マリアは弱々しく答えながら、老衛兵の前を通り過ぎた。
その様子を見た老衛兵はただ一言呟いた。
「......ああ、おかえり」
--
マリアの足取りは重かった。
マイク商会の前に着いても足が進まない。
商会の店先は夜になり閑散としていた。
約束の量に満たない袋を取り出し、書類と一緒に受付に見せた。
「龍牙草の採取。約束の数は揃えられませんでした…」
受付係は何も言わず、袋から薬草を取り出す。
「そうですね。龍牙草は18束。
少し違う薬草も含まれていますが、こちらは依頼とは違うので買い取れません」
マリアの胸が痛んだ。
初めての依頼、初めての冒険。
上手く出来なかった。
自信はあった。準備もした。
でも…
マリアは目頭が熱くなるのを感じていた。

そんな時、近くを通った女性が声をかけてきた。
「こんな時間に薬草の納品?珍しいわね?」
女性の姿を見て、受付係は姿勢を正した。
「アイナ支店長!おかえりなさいませ」
受付係が丁寧にお辞儀をする。
「ええ、ただいま。それよりどうしたの?」
--受付係が詳細を簡潔に伝える。
「なるほどね。龍牙草の採取。数が足りなかったけど、夜になる前に帰って来た…と」
マリアは俯き、黙ってアイナの言葉を聞いていた。
「仕方ないです。ルールはルール。あなたには当商会からの依頼をしばらく休んでもらいます」
マリアは心臓を掴まれたような感覚になった。
その時、一つの薬草がアイナの目に止まる。
「あなた。この薬草はどこで?」
薬草の中から白い花のついた物を、マリアに見せていた。
「えっ…ヤギが食べていた草です」
咄嗟に答える。
「ヤギ…ね…」
アイナは笑いながら答える。
「この薬草はね。
月光下草(げっこうかそう)と言って、この地域でしか採れない希少な薬草なの。
しかもこんなに綺麗な状態、なかなか見つからないわ」
アイナは驚いた様子だった。
「わかったわ。
この薬草のある場所を教えてくれたら、今回の依頼は特別に完了にしてあげる。
もちろん、依頼料も払う」
マリアはアイナを真っ直ぐ見つめ、答えた。
「場所は教えます。でも、依頼は失敗です」
アイナは少し驚いた表情を見せたが、納得した表情で答えた。
「……なるほどね。では、こうしましょう。
あなたにはペナルティとして別の依頼を受けてもらう。
この月光下草の採取を手伝ってもらえる?」
その言葉にマリアは少し笑って答える。
「わかりました。お受けします」
--
ルーネリアの夜は更けていく。
茜の小麦亭の部屋のベッドで横になるマリアに、ジャンが体を摺り寄せてくる。
マリアは手帳を取り出し書き込んだ。
「初めての依頼
--失敗」
「失敗」と書いた後、インクが少し滲んだ。
少し考えてから、さらに書き込む。
「手帳では、わからない事がある」
手帳を閉じ、黙って天井を見つめていた。
--
マイク商会ルーネリア支店――
その奥の私室で、アイナは一日の帳簿を閉じた。
小さく息を吐き、椅子から立ち上がる。
部屋の壁には、一枚の絵が飾られている。
絵の端には、小さくこう記されている。
――《黒衣のヨル》
黒衣の女が、街道に立っている絵だった。
顔立ちは、はっきりとは描かれていない。
ただ――
夜の中に立つその姿だけが、妙に印象に残る。
アイナは、少しだけ目を細めた。
「商人は、生きて帰ってから数えるのよ…」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
それから彼女は、灯りを落とした。
絵の中の黒衣だけが、しばらく夜に残っていた。

物語が、
今日のどこかに残ったなら。
しおり代わりに、
スキを押してもらえると嬉しいです。
⸻
もし、
この空気感が合うと感じたら。
フォローしてもらえると、
次の物語も届きます。
▶️ この物語はカクヨムでも投稿始めました。
※外部サイトになりますが、
もしよければこちらでも読めます。
▶️アイナの過去が気になる人はコチラ
▶️マリアの物語の続きはコチラ
