英語が好きじゃない私が、それでも英語を続ける理由
このnoteを見つけていただき、ありがとうございます。
語学学校あるあるなのですが、
一番よく聞かれる質問は、“なんで英語を勉強してるの?”です。
考えてみれば当然ですが、この質問、本当に頻繁に聞かれます。
ただ、実はこれが私にとって一番答えにくい質問だったりします。
そのため、これまでは先生や生徒から何度も聞かれるたび、
適当に「I like traveling.」と返していました。
(相手も“ただの会話のきっかけ”だとは分かっています。)
もちろん旅行が好きなのは嘘じゃない。
でも実際のところ——
・ツアー旅行でも十分満足できる
・翻訳機があればどうにでもなる
・海外に住みたいと思ったことは一度もない
・海外ドラマを字幕なしで観たい願望もない
(というか、ドラマや映画そのものを普段ほとんど見ない)
そんなタイプの私が、なぜか英語を続けています。
TOEICは200点台から始まり、690点、そして今は820点。
会社を辞めて、語学留学に多くの時間とお金を費やして、
さらに今もフィリピンの寮でこの文章を書いています。
「目的がない人」の行動としては明らかにおかしい。
しかも、何より困るのは——
私はたぶん“英語が好きじゃない”ということ。
今日は、その理由をきちんと言葉にしてみたいと思います。
■ 私は「英語が好き」ではない
まず、「嫌い」ではないけれど、「好き」でもありません。
理由はシンプルで、
文法の例外が多すぎる
単語帳が嫌い
発音が悪いと通じない
思考の瞬発力が求められる
語彙力の不足で言いたいことを削らないといけない
いくらでも挙げられます(笑)
毎日「日本語って本当にすごい…」と思っています。
■では、なぜ続けてこられたのか?
たぶん私は、英語そのものが好きなのではなく、
“自由度が上がること”が好きなんだと思います。
例えば——
・空港で迷っても自力でなんとかできる
・海外のカフェで注文できる
・困っている観光客を助けられるかもしれない
・世界が“曇りガラス→透明”になる瞬間がある
英語を使えると、できることが増える。
それと同時に、“あえてやらない”という選択肢も持てるようになる。
「できない」ではなく、「やらない」を自分の意思で選べる。
これは私にとって、とても大きな違いです。
つまり、
言い換えれば——
これは “自由への強い願い” に近いものなんです。
■曇りガラスの世界が急にクリアになる瞬間
特に忘れられないのは、街で偶然出会った人と
ふとした拍子に会話が始まった瞬間。
それまで「人がいる」ことは認識していても、
一人ひとりの表情や温度はぼんやりしている(曇りガラスの向こう側)。
それが、英語の一言をきっかけに急にクリアになる。
輪郭がはっきりして、
「この世界には、ちゃんと他者が存在している」と気づく。
私は留学中に何度か、その“視界が開ける瞬間”を経験しました。
そして今でも、その感覚を忘れられないでいるのだと思います。
※もちろん、この感覚は日本語でも起きます。
でも、英語だと“通じない前提”があるぶん、
曇りガラスが一気に透明になるあの差が、より強烈に感じます。
■ 英語は好きじゃない。でも、自由は好き
英語そのものにワクワクしなくても、
英語がくれる「選べる自由」にはワクワクする。
だから、私は英語を続けています。
■ 同じように悩んでいる誰かへ
留学前に読んだ英語学習の本には、必ずといっていいほど
「まず目的・目標設定が大事」と書かれていました。
以前の私はそれを見るたびに、
「目的がないのに英語を勉強しちゃダメなんだ」と
落ち込んでいました。
でも、今の私はこう思っています。
英語が好きじゃなくてもいい
目的が曖昧でもいい
留学の動機がぼんやりしていてもいい
何か一つだけ得意でもいい
続けているなら、それだけで充分理由になっている、と。
学ぶ手段は人それぞれ。
仕事にしなくてもいいし、誰かに説明できる動機じゃなくてもいい。
「ただ、英語に興味がある!」
そんな気持ちがあるなら、それで十分だと思います。
■ 最後に
実は、私は英語が好きではありません。
でも、自由でいたいから、これからも続けます。
英語は、私の"スキ”じゃないけれど、
“私に選択肢をあたえてくれるツール”です。
これが、英語が好きじゃない私がいまも英語を続けている理由です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
