見出し画像

ラグビーはアメリカに届くのか?2031年W杯に見える希望と不安

7月20日の日本時間早朝。スペインの2度目の優勝で、2026年FIFAワールドカップは幕を閉じました。

現地時間7月19日、ニューヨーク近郊のニュージャージー州イーストラザフォードで行われた決勝。スペインはアルゼンチンを延長戦の末に1-0で破り、2010年以来となる2度目の世界王者となりました。決勝点を挙げたのは、フェラン・トーレス。リオネル・メッシにとって最後のワールドカップになる可能性が高い舞台で、スペインは前回王者アルゼンチンの連覇を阻みました。

大会そのものも、過去最大規模でした。

出場国は48。試合数は104。開催地はアメリカ、カナダ、メキシコの3か国にまたがり、北米大陸全体を使うようなワールドカップになりました。

FIFAは決勝を前に、102試合終了時点で累計観客数が666万人を超え、平均観客数は6万5000人超、客席稼働率は99.7%に達したと発表しました。報道によれば、大会収益も当初見込みの110億ドルを大きく上回り、150億ドル(約2兆2500億円)規模に達する見通しだとされています。

北米市場の大きさは、これ以上ないほど証明されました。

しかし、この大会を振り返る時、残ったのはスペインの歓喜と記録的な数字だけではありません。

猛暑と選手保護。全試合で導入された給水の為と銘を打ち、実質クォーター制に近づけたハイドレーションブレイク。高額化したチケット。VARやテクノロジー判定をめぐる不満。そして、決勝のハーフタイムショーに象徴される、アメリカ型スポーツイベントへの接近。そして、不可解な大会運営。

2026年のサッカーワールドカップは、北米市場の巨大さを証明した大会であった一方、世界的なスポーツイベントがアメリカで開催される時、その競技がどのように消費され、どのように商品化されていくのかを示した大会でもあったように思います。

そして、その5年後。今度はラグビーが、同じアメリカへ向かいます。

2031年、ラグビーワールドカップは初めてアメリカで開催されます。World Rugbyは2031年男子大会と2033年女子大会のアメリカ開催を正式に決定しており、2031年大会はアメリカで初めて開催される男子ラグビーワールドカップになります。

World Rugbyにとって、それは単なる開催地の拡大ではありません。ラグビーという競技を、世界最大級のスポーツ市場へ本格的に売り込むための巨大プロジェクトです。

しかし、そこには危うさも潜んでいます。

元ワラビーズで、現在MLRのシカゴ・ハウンズを率いるクリス・レイサムは、2026年FIFAワールドカップの開幕直前、アメリカ国内で大会の存在感が思ったほど強く感じられないことに懸念を示しました。

きっかけとなったのは、シカゴ近郊のシートギーク・スタジアムで行われた、ベネズエラ代表とイラク代表によるワールドカップ前の親善試合でした。

シカゴ・ハウンズが本拠地として使用するスタジアムで開催されたにもかかわらず、レイサムは試合当日まで、その試合が行われることを知らなかったといいます。

試合には1万人を超える観客が集まりましたが、レイサムが問題視したのは、地元住民や中立的なスポーツファンに対する宣伝の弱さでした。

彼とハウンズのコーチ陣は、サッカーワールドカップがアメリカ国内で「それほど目立っていない」と感じており、その状況を2031年ラグビーワールドカップへの不安と重ねています。

サッカーですら、アメリカでは“勝手に国民的イベント"になるわけではない。ならば、ラグビーではなおさら…とネガティブな思考になってしまうのも致し方ないのかも知れません。

スペインが頂点に立ったサッカーワールドカップの余韻の中で、ラグビー界は向き合わなければならない問いが生まれているように思います。

「果たして、ラグビーはアメリカに届くのか?」と。

"ゴールドラッシュ"の地、アメリカ

では何故、ラグビー界はそこまでしてアメリカに目を向けているのでしょうか?

答えは単純です。

それはアメリカが、世界最大級のスポーツ市場だからです。

Global Institute of Sportが紹介した推計によれば、2023年の世界のスポーツビジネス産業は約2兆6500億ドル。日本円に換算すると、約397兆5000億円です。

そのうち、アメリカだけで約1兆600億ドル、約159兆円を占めていたそうです。

それはなんと世界全体のおよそ40%近くにまで及びます。

そこには、スポーツイベントや放映権だけではなく、スポーツ用品、フィットネス、競技参加、メディア、エンターテインメントなども含まれます。

そして、アメリカは、スポーツを見る文化が大きいだけでなく、競技、放送、商品、スポンサー、施設、地域経済を結び付け、スポーツを巨大な産業へ変える仕組みを持っています。

World Rugbyが狙っているのは、その巨大な経済圏です。

そして、World Rugbyは2026年から2031年までの新しい6年戦略の中で、2031年男子ラグビーワールドカップ・アメリカ大会を、この戦略期間の到達点として位置付けています。同大会から10億米ドル、約1500億円を超える余剰金を生み出すことを目標に掲げ、さらに2031年へ向けてアメリカ市場に2億ポンド、約400億円を投資し、各協会と連携しながらラグビーの成長を進める方針も示しています。

ここで重要なのは、2031年大会が単なる大会誘致ではないということです。

World Rugbyは、アメリカでワールドカップを開くだけではなく、アメリカ市場そのものをラグビー界の新しい財源にしようとしています。

ラグビーワールドカップは、すでに競技全体の収益構造において非常に大きな意味を持っています。4年に一度の男子大会で得た収益は、World Rugbyを通じて各協会、地域大会、女子ラグビー、育成、セブンズなどへ再投資されます。つまり、2031年アメリカ大会の成否は、アメリカだけの問題ではありません。大会が本当に大きな収益を生めるかどうかは、その後の世界ラグビー全体の資金循環にも関わってきます。

だからこそ、World Rugbyは2031年に向けた準備を既にはじめています。

2025年10月、World Rugbyは2031年男子大会の開催候補として、27の都市・地域、33会場が立候補段階に進んだと発表しました。World Rugbyはこの開催地選定を、単なる会場選びではなく、アメリカ国内の主要ラグビー拠点で観客、商業機会、草の根参加を広げるためのU.S. Growth Planの一部として位置付けています。

アメリカは広大な国です。

ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ボストン、ワシントン、アトランタ、ダラス、ヒューストン、シアトル、サンフランシスコ、マイアミ。都市ごとにスポーツ文化も違えば、コミュニティも違います。NBAが強い都市もあれば、NFLやカレッジフットボールの存在感が圧倒的な地域もあります。

その為開催候補地の選定も、単なるスタジアム探しではなく、アメリカ国内のどこにラグビーを置けば、観客、スポンサー、放送、地域コミュニティを動かせるのかを見極める作業として進めています。

そのために、まずWorld Rugbyは2025年にはCBS SportsおよびParamount+と契約し、アメリカにおけるWorld Rugby主要大会の放送・配信拠点を整えました。対象には男子・女子ラグビーワールドカップ、アメリカ代表戦、SVNS、女子15人制ラグビーの国際大会、Pacific Nations Cupなどが含まれます。

しかし、配信先を用意するだけでは、視聴者は競技が見つけてもらえるわけではありません。

アメリカでは、NFL、NBA、MLB、NHL、MLS、大学スポーツ、格闘技、モータースポーツまでが、同じ視聴時間を奪い合っています。

そこでWorld Rugbyは2026年、スポーツマーケティング大手IMGとも長期的なメディア権利パートナーシップを結びました。

IMGはアメリカおよび世界市場におけるメディア権利、配信、コンテンツ、現地施策について助言し、World Rugbyが保有するメディア権利全体の価値を高める仕事を担います。

つまり、どの大会を、どの放送局や配信サービスへ、どのような形でまとめて売るのか。その映像を試合中継だけで終わらせず、どのような短尺動画、特集、選手コンテンツへ展開するのか。さらに、放送と現地イベントをどう結び付け、新しい視聴者を継続的なファンへ変えていくのか。IMGは、その全体設計に入ることになります。

その為World Rugbyは2026年、アメリカ国内の既存市場と新興市場の双方で、過去最大規模の国際試合を行う方針を示しました。狙いは、目先のチケット収入だけではありません。放送できる試合数を増やし、視聴データを蓄積し、都市ごとの反応を確認し、スポンサーに提示できる観客層を作ることです。

その一つが、2026年に創設されたWorld Rugby Nations Cupです。大会は7月と11月に行われ、初年度の7月シリーズでは南北アメリカを舞台に18試合が開催されました。北米ではアメリカとカナダが計9試合を受け入れ、アメリカ国内ではデンバー、シャーロット、ケーリーでテストマッチが組まれています。

行われたのはアメリカ代表の試合だけではありません。デンバーではトンガ代表対ジンバブエ代表も開催されました。World Rugbyは、北米の観客へ多様な国際ラグビーを見せ、2031年男子ワールドカップへ向けた勢いを生み出す機会として、この大会を位置付けています。

どの代表カードが、どの地域で売れるのか。どのコミュニティが会場へ動くのか。どの試合がテレビや配信で視聴されるのか。そうした実績を2031年まで積み上げていくことになります。

アメリカに、ラグビーの土壌はあるのか?

では、そもそもアメリカ国内に、その戦略を受け止めるラグビーの土壌はあるのでしょうか?

調べてしましょう。

USA Youth & High School Rugbyによると、アメリカ国内には47の州・地域組織と900を超えるクラブがあり、5万人を超えるメンバーが登録されています。人口3億人を超える国の規模から見れば、決して大きな数字ではありません。ただし、ラグビーが何もない土地へ2031年大会を突然持ち込むというわけでもないようです。

まず目につくのが、カリフォルニアです。西海岸には太平洋諸島、ニュージーランド、オーストラリア、イギリスなど、ラグビー文化を持つ地域から移り住んだ人々が多く暮らしています。大学ラグビーでも、カリフォルニア大学バークレー校やセント・メリーズ・カレッジなど、国内有数のプログラムが長く活動してきたようです。

そして北カリフォルニアのラグビーノーキャルや南カリフォルニアの地域組織では、初心者向けのフラッグラグビーから高校年代の競技まで、年齢に応じた活動も行われているようです。

そしてアメリカ国籍や在住資格を持つサモア系、トンガ系、フィジー系などの太平洋諸島の方々が最も多く暮らす州はカリフォルニア州だそうで、2024年にオールブラックス対フィジー代表の試合がサンディエゴで開催された背景にも、2018年にサンフランシスコで開催された7人制のラグビーワールドカップでは、大会の観衆の70%から80%がフィジーの方々だったという統計が出ており、西海岸の太平洋諸島系コミュニティと、ラグビーを受け入れられる市場の存在があったようです。

ユタ州も興味深い地域です。Utah Youth Rugbyによれば、州内では2200人を超えるユース・高校年代の選手が、男女のリーグへ参加しているようです。全米では小さな数字でも、州単位で年間を通じた大会や育成環境が存在することには意味があります。

しかし、ユタを本拠地としたMLRのユタ・ウォーリアーズは消滅しました。地域にユースやクラブの土壌があっても、それを安定したプロ興行へつなげることは簡単ではない。ここには、アメリカラグビーの可能性と難しさが同時に表れています。

そしてコロラド州の都市グレンデールは、自らを」と名乗り、ラグビー専用スタジアムのInfinity Parkを中心に、代表戦、クラブ大会、セブンズ、地域活動を展開しているようで、一つの自治体がラグビーを街の特徴として選び、施設、行政、イベントを競技の周囲へ集めた例となっています。

東海岸では、ボストンを中心とするニューイングランドに、長い歴史があるようです。ニューイングランド・フリージャックスの公式記事は、この地域のラグビー史を約150年にわたるものとして紹介し、ボストン・ラグビー・フットボール・クラブやボストン・アイリッシュ・ウルフハウンズが、かつて全米最高峰だった国内リーグにも参加してきたことを伝えています。現在もニューイングランドには、成人、大学、高校、ユースを含む多数のチームが活動しているようです。

そしてこの地域では、ラグビーとアイルランド系コミュニティの関係も深く、フリージャックスはプロリーグ参入前の2019年、ニューイングランド・アイルランド文化センターやストン・アイリッシュ・ウルフハウンズと協力し、アイルランドのコナート、レンスター、マンスター、アルスター各州のチームを招いた大会Cara Cupも開催しています。

ワシントンD.C.周辺にも、独自の文化があります。ワシントン・アイリッシュの公式によると、クラブ設立の動きは1979年、アメリカン大学でプレーしていた関係者を中心に始まったそうで、その後はワシントン・ポストへの広告掲載や、市内の掲示板、ラグビー誌を通じて選手を集め、ワシントンへ配置された軍関係者も参加するようになっていったという歴史があるようです。

北西部のシアトルには、さらに異なる特徴があります。1966年創設のシアトル・ラグビー・クラブは、ワシントン州で最も長く活動を続けるクラブを自称し、太平洋岸北西部の地域競技を支えてきました。現在も男子チームは太平洋岸北西部の地域大会に参加し、女子の最上位チームはカナダのブリティッシュコロンビア州の大会へ参加しています。

現在はシアトル・シーウルブズがプロの受け皿となり、地域クラブから代表やプロへ進む道を可視化しています。

こうして見ていくと、アメリカは決して「ラグビー不毛の地」ではありませんでした。アメリカにラグビー文化が一つの形で広がっているわけではないものの各地域が、それぞれ異なる人口、歴史、地理的条件を使いながら、独自のラグビー圏を作っていました。

つまり、アメリカには決して大きいとは言えないものの、ラグビーの「点」が存在しているという事です。

これからの問題は、それらが遠く離れた地域の点在を如何にして一つの競技文化や安定した市場を作っていくのかが課題になってくるのかも知れません。

そして、その動きを始めているのは、World Rugbyだけではありません。

各協会もまた、自分たちの代表チームを使い、2031年へ向けた市場開拓を始めています。

シカゴで既に始まっている市場開拓

中でも、最も活発な動きを見せているのが、ラグビーアイルランド代表とニュージーランド代表オールブラックスです。

象徴的に挙げられるのは、2025年にシカゴで行われたアイルランド対オールブラックスの試合でしょう。

2016年11月、アイルランドはソルジャー・フィールドでオールブラックスを破り、対戦29試合目にして初勝利を挙げたその9年後、両国は「The Rematch」と銘打ち、同じ会場へ戻りました。表面的には、歴史的な一戦の再現です。

しかし実際には、2031年へ向けた市場開拓としての意味も持っていました

約6万1500人を収容するソルジャー・フィールドのチケットは完売し、購入者はアメリカ全50州に広がりました。また試合の前後には、アイルランド政府の関係者、駐米大使、企業、大学、シカゴのスポーツ関係者が集まり、マクドナルド本社ではアイルランドとニュージーランドの企業関係者を招いた催しも行われました。

ラグビーの試合を中心に、企業、行政、外交、教育機関を集める。これは通常のテストマッチとは少し異なり、代表チームを入口にして、アメリカとの商業的、文化的な関係を広げる場でもありました。

興行を担ったのはTEG Rugby Liveで、タイトルスポンサーはシカゴ近郊に本拠を置く大手保険仲介会社Gallagherとなり、試合は「The Gallagher Cup」と名付けられました。そして興味深い事にGallagherはNZRの公式商業パートナーでもあります。

アメリカで代表戦を行い、現地企業をスポンサーに付け、企業関係者を試合の周囲へ集める。両協会は、海外ファンへチケットを売るだけではなく、アメリカ国内に新しい商業関係を作ろうとしていたのです。

ただし、アイルランドとニュージーランドの狙いとアプローチは少し異なります。

アイルランドがより重視しているのは、アメリカに広がるアイルランド系ディアスポラ(本来の故郷や祖国を離れ、移住してコミュニティを形成している人々)へ向けたアプローチです。

この人々は、ゼロから探さなければならない観客ではありません。ラグビーを見た経験がなくても、アイルランドという国、文化、家族のルーツに何らかのつながりを持っています。IRFUが目指しているのは、そのつながりをアイルランドへの支持に変えることです。

IRFUのケビン・ポッツCEOは、アメリカ市場における可能性について、アイルランド系ディアスポラの規模の大きさを強調しています。アメリカには4,000万人を超えるアイルランド系住民が存在し、そのうちシカゴだけでも100万人以上にのぼるとされています。

さらにポッツCEOは、2031年ワールドカップを見据えた長期的な戦略についてもアメリカという世界最大のスポーツ市場において、アビバ・スタジアムでのホームゲームだけでなく、新たな収益源を開拓し、ディアスポラとの関係を深めていくことは、アイルランドラグビーのブランド価値を高めるうえで極めて重要だと位置付けています。そして、その積み重ねの先に、2031年および2033年のワールドカップで「世界で二番目に応援されるチーム」になるという目標を掲げています。

アメリカに暮らすアイルランド系住民とのつながりを深め、その支持を代表チーム、さらにはアイルランドという国のブランド価値へ結び付けていく。

2031年までアメリカで継続的に代表戦を開催する構想も、その延長線上にあります。アイルランドが目指しているのは、アメリカで、ラグビーアイルランド代表を「自分たちのチーム」として応援する人々を増やすことのようです。

一方、NZRがアメリカ市場で武器としているのは、ラグビー界最高峰のブランドである「オールブラックス」です。

黒いジャージー、ハカ、そしてマオリの文化。ラグビーを詳しく知らない人でも、名前は知っている数少ないスポーツブランドの一つです。

ニュージーランドの国内市場は人口規模が小さく、放映権やスポンサー収入には限界があります。近年は選手の海外流出や、国内での人気低下といった課題も指摘されています。こうした状況の中で、海外市場、とりわけアメリカは重要な収益源として位置付けられています。

シカゴでの試合前には、ボーデン・バレットさん、クイン・トゥパイアさん、アントン・レイナートブラウンさんらが、宿泊先ホテルでスポンサー企業向けイベントに参加しました。選手は試合だけでなく、スポンサーと交流し、企業イベントへ参加し、デジタルコンテンツへ出演し、海外市場でオールブラックスというブランド価値を高める役割も担っています。

彼らはこれを「プロモーション」ではなく「チャンピオンイベント」と呼び、ブランド全体にとってチームの価値がどれほど重要かという点が、選手たちにも強く共有されています。

そして、オールブラックスのアメリカ展開は、NZRだけの商業戦略にもとどまりません。

ニュージーランド政府は「Sport Diplomacy Strategy 2025–2030」を策定し、スポーツを外交、貿易、投資、観光、教育、文化交流へ活用する方針を示しています。

これはニュージーランドの有名チームや選手、国際的なスポーツの評判を、国全体の対外関係へつなげる考え方です。

その中でも、オールブラックスは最も強い資産の一つです。オールブラックスが現地へ行くことで、企業同士の商談が生まれ、ニュージーランドという国そのものへの関心も高まります。

つまり、ニュージーランドラグビーがアメリカで売ろうとしているのは、ラグビーという競技だけではありません。

オールブラックスというブランドを通じて、ニュージーランドという国の価値そのものを発信していこうとしています。

こうして見ていくと、アイルランドとニュージーランドは、同じアメリカ市場を目指しながらも、そのアプローチは大きく異なります。

一方は「人とのつながり」を育て、もう一方は「世界的ブランド」を広げる。

それぞれ異なる強みを生かしながら、世界最大のスポーツ市場へ挑もうとしているのです。

しかし、残された課題と不安

ここまで見てきたように、2031年アメリカワールドカップへ向けた準備は着実に進んでいます。

World Rugbyは市場への投資を進め、IMGとともにメディア戦略を構築する。アイルランドはディアスポラとの結び付きを強め、ニュージーランドはオールブラックスという世界的ブランドを武器にアメリカ市場を開拓する。それぞれの思惑は違っても、目指している先は共通しています。

しかし一方で、この戦略が成功するかどうかは、大会の成功だけでは決まらないように思います。

最大の課題は、大会の熱狂を今後アメリカ国内へ残せるかどうかです。

たちがラグビーを始める環境は十分なのか。地域クラブは新たな競技人口を受け止められるのか。代表チームは継続的に強化されるのか。そして、国内リーグは、その受け皿として機能できるのか。

アメリカ代表は、長く世界の上位国との差を埋められずにいます。その象徴となったのが、2023年フランス大会の予選敗退でした。男子アメリカ代表がワールドカップ出場を逃したのは初めてであり、自国開催を控える国としては重い結果でした。

2025年にはサモアを破り、2027年オーストラリア大会への出場権を獲得しました。2026年7月には世界ランキングを14位まで上げ、2019年大会以来の高い順位に戻るなど、回復の兆しも見えています。しかし、世界の優勝候補と争える段階に到達したとはまだ言えません。

開催国代表の成績は、大会全体の空気を左右します。

アメリカ代表が早い段階で敗退し、国内メディアや一般の観客から関心を失えば、オールブラックスやアイルランドなど強豪国が作った盛り上がりも、海外の強豪国を楽しむ一時的なイベントで終わる可能性があります。

反対に、開催国が勝ち進めば、これまでラグビーを見てこなかった人にも大会を追い続ける理由が生まれます。選手の名前が知られ、試合が国内ニュースで扱われ、子どもたちがアメリカ代表のジャージーを着る。2031年大会がアメリカ社会に入り込むためには、代表チームの競争力が欠かせません。

そして、もう一つ懸念されるのが、国内プロリーグであるメジャーリーグ・ラグビー(MLR)の存在です。

近年のMLRは、複数クラブの撤退やリーグ再編を経験し、2026年シーズンはわずか6チームで開催されています。選手育成という役割は果たしているものの、リーグ全体として安定した成長軌道に乗ったとは言い難い状況です。

仮に2031年ワールドカップが成功し、多くの人がラグビーへ興味を持ったとしても、その関心を受け止めるアメリカ代表と国内リーグが十分に機能しなければ、一時的なブームで終わる可能性があります。

2031年大会が本当に成功したと言えるかどうかは、決勝戦の観客動員や収益では測れません。

大会が終わった数年後、アメリカでラグビーを続ける子どもが増えているのか。国内クラブへ足を運ぶ人が増えているのか。アメリカ代表やMLRが、その熱狂を未来へつなげられているのか。

その答えこそが、2031年ワールドカップの本当の評価になるでしょう。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集