「鋼のメンタル」の人ほど、実は頑張っていない。
「メンタル強いよね」
私は、人からそう言われることが多い。
自分でも、メンタルはかなり強い方だと思っている。
嫌なことがあっても、いつまでも引きずることは少ないし、
何かに失敗しても比較的早く立ち直る。
だから「鋼のメンタル」と言われることもある。
でも、私だって落ち込む。
傷つくこともあるし、
腹が立つこともある。
不安になることだって、もちろんある。
では、メンタルが強い人と弱い人は、何が違うのだろう。
私は、「傷つかないこと」ではなく
「戻ってこられること」だと思っている。
そしてもう一つ。
メンタルが強い人ほど、実は何でも頑張ろうとしていない。
今日はそんな「心の力の抜き方」について書いてみたい。
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すべてを真正面から受け止めなくていい
真面目な人ほど、いろいろなことを真正面から受け止める。
誰かに何かを言われたら、
「どうしてそんなことを言われたんだろう」
と考える。
仕事で失敗したら、
「もっとちゃんとやればよかった」
と自分を責める。
人間関係がうまくいかなければ、
「私にも悪いところがあったのかな」
と振り返る。
もちろん、自分を振り返ることは大切。
でも、世の中で起きることのすべてに意味を見つけようとしたり、
全部を自分の責任として受け止めたりする必要はないと思っている。
「まあ、そんなこともあるよね」
これで終わらせていいことも、たくさんある。
私は、この「まあ、いっか」が結構大事だと思っている。
これは投げやりになることとは違う。
必要以上に、自分の心の中に持ち込まない。
そんな力だと思う。
「鈍感力」は心を守ってくれる
私は、ある程度の鈍感力は必要だと思っている。
誰かの表情が少し曇っただけで、
「私、何かしたかな?」
と考える。
LINEの返信が遅いだけで、
「何か気に障ることを言ったかな?」
と不安になる。
SNSで反応が少なければ、
「求められていないのかな」
と思ってしまう。
でも、本当のところは分からない。
相手はただ疲れていただけかもしれない。
忙しくて返信できないだけかもしれない。
SNSだって、たまたま見られなかっただけかもしれない。
私たちは、分からないことに対して勝手に理由を作ってしまう。
しかも、不思議なくらい悪い方向に。
だったら、
「まあ、いっか」
で終わらせてもいい。
何でも敏感に察知できることが、必ずしも良いことではない。
ときには、気づかないふりをする。
深く考えない。
受け流す。
そんな鈍感力が、自分の心を守ってくれることもある。
メンタルが強い人も、普通に落ち込む
「メンタルが強い人」と聞くと、
いつも前向きで、
落ち込まず、
悩みもなく、
何を言われても平気。
そんな人を想像するかもしれない。
でも、そんな人はほとんどいないと思う。
メンタルが強い人だって傷つくし、落ち込む。
違うのは、そこに居続けないこと。
私はこれまでの人生で、いろいろなことを経験してきた。
自分の力ではどうにもならない出来事もあった。
そのたびに、
「どうして私が」
と考え続けていたら、きっと前には進めなかったと思う。
悲しいものは悲しい。
苦しいものは苦しい。
無理に前向きになる必要なんてない。
でも、どこかのタイミングで、
「じゃあ、これからどうしよう」
と考える。
過去は変えられないけれど、
これからの行動は自分で選べる。
私はいつも、そこに戻ってくる。
これが私にとっての「心の強さ」なのかもしれない。
完璧じゃなくていい
メンタルを強くしたいなら、完璧を目指さないことも大切だと思う。
100点じゃなくてもいい。
失敗してもいい。
誰かに嫌われることがあってもいい。
すべての人に理解してもらえなくてもいい。
だって、どれだけ頑張っても無理なものは無理だから。
私自身、年齢を重ねるほど、
「できないものは、できない」
「合わない人とは、合わない」
「失敗したら、また考えればいい」
と思えるようになった。
若い頃より諦めが早くなった、とも言えるかもしれない。
でも、この「諦める」は悪い意味ではない。
自分ではどうにもできないものを手放す力。
これも大人になって身についた、心を守る方法の一つだと思っている。
自分にかける言葉を変えてみる
そして、意外と大切なのが「自分に何と言っているか」。
失敗したとき、
「最悪」
「私ってダメだな」
「なんでこんなこともできないんだろう」
と言い続けたら、自分で自分を追い込んでしまう。
私は、
「まあ、なんとかなる」
「いい経験になった」
「じゃあ次はどうする?」
と考えることが多い。
根拠なんてなくてもいい。
「なんとかなる」
と言っていると、次にできることを考えられる。
逆に、
「もうダメだ」
と言ってしまった瞬間、思考まで止まってしまう。
言葉は、思っている以上に自分の心に影響する。
だって、自分の言葉を一番近くで、一番たくさん聞いているのは自分だから。
自分にどんな言葉をかけるのか。
これも立派なメンタルトレーニングだと思う。
「鋼のメンタル」は、硬い心ではない
鋼のメンタルと聞くと、
何があっても動じない、
絶対に折れない、
強くて硬い心。
そんなイメージがある。
でも私は、少し違うと思っている。
本当に強い心は、ガチガチに硬いものではなく、
しなやかなものなんじゃないだろうか。
落ち込んでもいい。
泣いてもいい。
弱音を吐いてもいい。
一度折れそうになっても、また戻ってこられればいい。
そして、ときには
「知らんがな」
くらいで流してしまえばいい。笑
全部と戦わなくていい。
全部を解決しなくていい。
全部を理解してもらわなくていい。
頑張るところと、
頑張らなくていいところを分ける。
その方が、長い人生では強い。
心の強さは、少しずつ育てられる
「私はメンタルが弱いから」
そう言う人がいる。
でも私は、メンタルの強さは生まれ持った性格だけで決まるものではないと思っている。
いろいろな経験をして、
失敗して、
傷ついて、
立ち直って。
その繰り返しの中で、
「これくらいなら大丈夫」
と思えることが少しずつ増えていく。
だから、無理に「強い人」になろうとしなくていい。
今日嫌なことがあったら、
「まあ、いっか」
と言ってみる。
失敗したら、
「じゃあ次どうしよう」
と考えてみる。
どうにもならないことなら、
「これは私が抱えることじゃない」
と手放してみる。
そんな小さな積み重ねが、いつか自分の心を守ってくれる。
メンタルの強さとは、傷つかないことではない。
傷ついても、自分の場所に戻ってこられること。
そして、自分の人生に必要のないものまで背負わないこと。
私が思う「鋼のメンタル」は、
何があっても耐え続ける強さではなく、
「まあ、なんとかなる」と、また歩き出せるしなやかさ。
そんな強さなのだと思う。
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