酵母の世界 No.5-1|Metschnikowia pulcherrima:赤い色素で競争する、花や果実に住む酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、果実発酵のはじまりに現れ、香りを添える酵母 Hanseniaspora uvarum (ハンセニアスポラ・ウヴァルム)を紹介しました。
では、同じように花や果実と関わりながら、今度は「色」で存在感を示す酵母がいるとしたらどうでしょうか?
今回紹介するのは、Metschnikowia pulcherrima(メチニコウィア・プルケリマ)です。
この酵母は、花や果実、蜜、樹液、ブドウ果汁、発酵中のワインなど、植物由来の糖がある環境から見つかります。
とくに特徴的なのは、赤色から赤褐色に見える プルケリミン という色素に関わる代謝をもつことです。プルケリミンをつくる Metschnikowia の仲間は、熟した果実、花の蜜、樹液、果汁、発酵環境などに広く関わる酵母として整理されています。
ただし、この赤色は単なる飾りではありません!
花や果実は、甘くて美しい場所に見えます。
けれども微生物にとっては、栄養をめぐって、多くの酵母、カビ、細菌が集まる競争の場でもあります。
その中で M. pulcherrima は、赤い色素に関わる代謝を使い、周囲の微生物が必要とする鉄を利用しにくい形にしてしまいます。
いわば、きれいな赤色をまといながら、競争の場で生き残るための武器を持っている酵母なのです。
花と果実は、甘い競争の場
M. pulcherrima を理解するうえで大事なのは、花や果実を「甘い場所」としてだけ見ないことです。
たしかに、花の蜜や熟した果実には糖があります。
酵母にとっては魅力的な場所です。けれども、糖があるということは、他の微生物にとっても魅力的だということです。
つまり、花や果実は小さなごちそうの場であると同時に、微生物どうしの競争の場でもあります。
リンゴ、ナシ、スモモの花や果実を調べた研究では、M. pulcherrima は花と果実の両方から見つかり、調査されたサンプルタイプに広く関係していました。特に、花と果実の両方に現れる酵母として注目されています。
この酵母が暮らす場所を想像してみると、かなり動きのある世界が見えてきます。
花が咲く。
蜜に酵母が入る。
昆虫が花を訪れる。
果実が熟す。
果皮に傷がつく。
糖や有機酸が表面に出る。
そこに酵母、カビ、細菌が集まる。
このような環境では、早く増えるだけでは不十分です。
場所を確保し、他の微生物に押し負けず、限られた栄養をうまく使う必要があります。
ここで面白いのが、M. pulcherrima の赤い色素です!
この酵母は、プルケリミンに関わる代謝を通して、周囲の鉄を使いにくくすると考えられています。
鉄は多くの微生物にとって必須の微量元素です。量はわずかでも、細胞の呼吸や酵素反応などに関わる重要な金属です。
そのため、鉄をめぐる競争は、花や果実の小さな生態系の中で大きな意味を持ちます。
赤い色素プルケリミンと鉄をめぐる戦略
では、M. pulcherrima の特長的な、赤色から赤褐色に見えるプルケリミンについて詳しく見ていきましょう。
ちなみに、プルケリミンは酵母が最初からそのまま作っているわけではありません!
まず細胞は、ロイシンというアミノ酸に由来する小さな環状分子をもとに、プルケリミン酸という物質を作ります。このプルケリミン酸が細胞の外へ出て、環境中の鉄と結合すると、水に溶けにくい赤色のプルケリミンになります。
ここで重要なのは、プルケリミン酸が鉄をつかまえることで、周囲の微生物が利用できる鉄が減ることです。
鉄は、細胞がエネルギーを作ったり、さまざまな酵素を働かせたりするために必要な金属です。量は少なくても、多くの微生物にとって欠かせません。
その鉄が使いにくくなると、周囲のカビや酵母は増殖しにくくなります。
つまり M. pulcherrima の赤い色素は、単なる飾りではなく、みんなが必要とする鉄を使いにくくすることで、競争を有利にする仕組みなのです。
さらに、この代謝には PUL クラスターと呼ばれる遺伝子群が関わることが分かってきています。
この遺伝子群は、プルケリミン酸を作るだけでなく、鉄と結合したプルケリミン関連物質の取り込みにも関わる可能性があります。
つまり、周囲の鉄を固定して他の微生物に使いにくくしながら、自分たちはその鉄を利用できる仕組みを持っているのかもしれません!
この視点で見ると、赤い色は見た目の美しさだけではありません。
花や果実という競争の場で、鉄をめぐる駆け引きを行うための「働く色」なのです!
働く色素としての可能性
ここまで見てきたように、M. pulcherrima の面白さは、単に赤い色素をつくることではありません。
花や果実という微生物の競争の場で、プルケリミンに関わる代謝を使い、周囲の鉄を利用しにくくする。
その結果、他の酵母やカビの増殖を抑える。
この仕組みは、人間の産業利用から見ても魅力的です!
まず注目されているのが、収穫後の果実を守るバイオコントロールです!
収穫された果実は、見た目にはきれいでも、表面や小さな傷口からカビが入り込みます。とくに柑橘類やリンゴ、ブドウなどでは、収穫後の腐敗をどう抑えるかが大きな課題になります。
M. pulcherrima や近縁のプルケリミン産生酵母は、こうした果実腐敗菌を抑える候補として研究されています。
柑橘類の収穫後病害を対象にした研究では、果実から分離された Metschnikowia 株が、Penicillium digitatum、Penicillium italicum、Geotrichum citri-aurantii などの腐敗菌を抑えることが示され、鉄をめぐる競争が重要な仕組みとして扱われています。
ここで重要なのは、M. pulcherrima が「強い薬剤」のように働くというより、もともと果実表面で起きている微生物どうしの競争を、人間が利用しようとしている点です。
つまり、自然界での生き残り戦略を、食品保存や農産物保護に応用しようとしているわけです。
もう一つの利用先は、発酵環境のバイオプロテクションです!
ワインのような発酵では、ブドウ果汁の中にさまざまな酵母や細菌が入り込みます。すべての微生物が望ましいわけではありません。発酵の進み方や香りに悪い影響を与えるものもいます。
M. pulcherrima は、こうした発酵初期の微生物相を整える酵母として研究されています。主役として大量のアルコールを作るというより、発酵のはじまりに存在し、望ましくない微生物を抑えたり、香りの形成に関わったりする補助的な役割です。
M. pulcherrima は、美しいだけでなく、かなり実用的な酵母でもあるのです。
おわりに
Metschnikowia pulcherrima は、美しい赤色の色素をつくる酵母です。
でも、その赤色はただの飾りではありません!
花や果実という甘い環境には、多くの微生物が集まります。そこでは、糖、場所、そして鉄のような微量栄養素をめぐる競争が起こります。
M. pulcherrima は、プルケリミンに関わる代謝を通して、周囲の鉄を使いにくくし、他の微生物の増殖を抑えることができます。
赤い色は、見た目の美しさであると同時に、生き残るための戦略でもあるのです。
前回の Hanseniaspora uvarum が、果実発酵のはじまりに香りを添える酵母だとすれば、今回の M. pulcherrima は、花や果実の上で赤い色素を使いながら競争する酵母でした。
同じ花や果実の世界でも、酵母によって生き方はまったく違います。
香りで関わる酵母もいれば、色素で場所を守る酵母もいる。
酵母の世界は、見えないところで意外とにぎやかです。
次回は、醤油や味噌のような高塩環境で生き、香りをつくる酵母、
Zygosaccharomyces rouxii(ザイゴサッカロマイセス・ルーキシー)について紹介します!
★過去の様々なトピックの記事を全てまとめてます。詳細はこちらから↓
これらの記事が参考になったら「スキ&フォロー」をぜひお願いします!
参考文献
Sipiczki, M. 2020. Metschnikowia pulcherrima and related pulcherrimin-producing yeasts: fuzzy species boundaries and complex antimicrobial antagonism. Microorganisms, 8, 1029. DOI: 10.3390/microorganisms8071029.
Kregiel, D. et al. 2022. Biological activity of pulcherrimin from the Metschnikowia pulcherrima clade. Molecules, 27, 1855. DOI: 10.3390/molecules27061855.
Wang, S. et al. 2023. Iron competition as an important mechanism of pulcherrimin-producing Metschnikowia sp. strains for controlling postharvest fungal decays on citrus fruit. Foods, 12, 4249. DOI: 10.3390/foods12234249.
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはさらなる価値向上のために使用させていただきます!