酵母の世界 No.5-2|Metschnikowia koreensis:花から見つかり、シードルの味と香りを変える酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、果汁に含まれるアミノ酸を使い、花を思わせる香りをつくる酵母Hanseniaspora vineae(ハンセニアスポラ・ヴィネア)を紹介しました!
さて、花の上に暮らす小さな酵母を調べたら、どのような能力を持つ酵母が見つかると思いますか?
今回紹介するのは、Metschnikowia koreensis(メチニコビア・コリエンシス)です。
この酵母は、韓国で採取されたユリとアサガオの花から分離され、2001年に新種として報告されました。
発見された当時に分かっていたのは、細胞の形や、利用できる栄養、ほかの酵母との分類上の違いなどです。
花の上でどのように暮らし、植物とどのように関わっているのかは、今も詳しく分かっていません。
しかし、その後の研究によって、この酵母には「周囲にある物質を別の形へ変える興味深い能力がある」ことが見えてきました!
花から見つかった酵母
Metschnikowia 属には、花や果実、昆虫と関わる種類が多く含まれています。
M. koreensis も、最初はユリとアサガオの花から見つかりました。
その後は、醤油もろみなど、花とは異なる環境からも分離されています。
また、この酵母はブドウ糖を発酵してアルコールをつくることができます。
ただし、さまざまな糖を次々と発酵できる、Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)のような強力なアルコール発酵酵母ではありません。
一方で、酸素がある環境では、複数の糖や糖アルコール、エタノール、有機酸などを栄養として利用できます。
つまり、糖から大量のアルコールをつくることに特化した酵母というより、周囲にあるさまざまな物質を使い分けながら暮らす酵母だと考えられています。
物質の形を選んで変える
M. koreensis で特に面白いのが、ある化合物を、形の異なる別の化合物へ変える能力です!
たとえば、この酵母では「ケトン」と呼ばれる構造を、アルコールへ変える酵素が研究されています。
ここで重要なのは、単に化合物を変えるだけではないことです。
化合物の中には、右手と左手のように、形はよく似ていても重ね合わせることができないものがあります。
薬や香料では、このわずかな違いによって、働きや香りが変わることがあります。
M. koreensis の反応では、こうした二つの形のうち、主に片方が選ばれてつくられました。
酵母が、目的とする形の化合物を選んでつくってくれる。
これは、医薬品や香料などの原料をつくるうえで、とても役立つ能力です!
さらに、醤油もろみから分離された M. koreensis には、希少糖の一種であるL-プシコースを、L-タリトールという糖アルコールへ変える能力も報告されています。
この酵母の代謝は、単に糖を食べてアルコールをつくるだけではなく、周囲にある物質を見分け、その構造を別の形へ変える力を持っているのです。
シードルの酸味と香りを変える
近年、M. koreensis はリンゴ果汁の発酵でも注目されています。
シードルの発酵には、一般的に Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)が使われます。
この酵母は、リンゴ果汁の糖を効率よくアルコールへ変える、発酵の主役です。
では、そこに別の酵母を加えると、シードルの味や香りはどう変わるのでしょうか?
M. koreensis と S. cerevisiae を一緒に使った発酵では、鋭い酸味を感じさせるリンゴ酸が少なくなり、より穏やかな酸味を持つ乳酸が多くなりました!
また、香りにも変化がありました。
バラを思わせる2-フェニルエタノール、発酵食品らしい香りに関わる3-メチル-1-ブタノール、リンゴや洋ナシのような香りを持つオクタン酸エチルなどが増えました。
検出された香り成分の種類と量も、ほかの組み合わせより多くなりました。
つまり、「どの酸が残り、どの香りが生まれるのか」その両方が、酵母の組み合わせによって変化したのです。
発酵食品の味は、複数の酵母が同じ果汁の中で働くことで、一種類だけでは生まれなかった風味がつくられているのです。
発酵からものづくりへ
ちなみに、M. koreensis の可能性は、シードルだけにとどまりません!
シードルでは、果汁の酸味や香りを変える酵母として利用できます。
一方、化学やバイオテクノロジーの分野では、化合物の形を選んで変える「生きた触媒」として利用できる可能性があります。
通常、目的の化合物をつくるには高い温度や強い薬品が必要になることがあります。
しかし、酵母の細胞や酵素を使えば、比較的穏やかな条件で反応を進め、必要な形の化合物を選んでつくれるかもしれません。
花から見つかった一種類の酵母が、シードルの香りづくりから、希少糖や医薬品原料につながる物質変換まで、異なる分野で研究されているのです!
おわりに
Metschnikowia koreensis(メチニコビア・コリエンシス)は、ユリやアサガオの花から見つかった酵母です。
けれども、「その酵母が何をできるのか」は、分離された場所だけを見ても分かりません。
詳しく調べることで、シードルの酸味や香りを変える働きや、化合物を選んで別の形へ変える能力が見つかってきました。
新しい酵母を発見することは、学名の一覧を増やすことではありません。
「その酵母が何を食べ、何をつくり、周囲の物質をどのように変えるのか」を調べることで、自然界に隠れていた新しい反応が見えてきます。
次に花を見るとき、その表面には、まだ誰も詳しく調べていない酵母と、未知のものづくりの力が隠れているかもしれませんね!
次回は、天然の界面活性剤をつくる酵母 Starmerella bombicola(スターメレラ・ボンビコラ)を紹介します!
この酵母は、糖と脂肪酸を組み合わせ、水にも油にもなじむ「ソホロリピッド」をつくります。
人間にとっては洗浄剤や化粧品の原料になりますが、酵母はなぜ自然界でこのような物質をつくるのでしょうか?
花やハチに関わる環境で暮らす酵母の、生存戦略と産業利用を見ていきます!
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参考文献
Hong SG, Chun J, Oh HW, Bae KS. Metschnikowia koreensis sp. nov., a novel yeast species isolated from flowers in Korea. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology. 2001;51:1927–1931.
Sasahara H, Izumori K. Production of L-talitol from L-psicose by Metschnikowia koreensis LA1 isolated from soy sauce mash. Journal of Bioscience and Bioengineering. 2005;100(3):335–338.
Singh A, Chisti Y, Banerjee UC. Production of carbonyl reductase by Metschnikowia koreensis. Bioresource Technology. 2011;102(22):10679–10685.
Wu Y, Li Y, Liang H, Zhang S, Lin X, Ji C. Enhancing cider quality through co-fermentation with acid protease- and esterase-producing Metschnikowia species and Saccharomyces cerevisiae. Journal of the Science of Food and Agriculture. 2025;105(2):1003–1011.
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