酵母の世界 No.14-2|Starmerella bombicola:油から天然の界面活性剤をつくる酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、花から見つかり、シードルや物質生産への利用が研究されている Metschnikowia koreensis(メチニコビア・コリエンシス)を紹介しました。
今回のキーワードは「洗剤」です!
水と油を同じ容器に入れると、きれいに二つの層へ分かれますよね?
ところが、洗剤を加えると、油は細かな粒になって水の中へ広がります!
つまり、洗剤には、水と油の間に入り込み、混ざりやすくする物質が含まれています。
実は酵母の中にも、洗剤によく似た働きをする物質をつくる酵母がいるのです!
今回紹介するのは、Starmerella bombicola(スターメレラ・ボンビコラ)です。
この酵母はなぜ、自然界で洗剤のような物質をつくるのでしょうか?
花とハチに関わる酵母
まず、S. bombicola は、カナダのマルハナバチが蓄えていた蜂蜜から発見されました。
その後も、マルハナバチの舌や体の表面、花の蜜、花を訪れる昆虫、濃縮したブドウ果汁などから見つかっています。
こうした場所には、糖が豊富にあります。
しかし、そこにいるのは S. bombicola だけではありません。
細菌やほかの酵母も集まり、限られた場所や栄養を奪い合います。
食べ物は多いけれど、競争相手も多い。
そんな環境で、この酵母は「ソホロリピッド」という物質を大量につくります。
水にも油にもなじむ物質をつくる
ソホロリピッドは、糖と脂肪酸がつながった物質です。
糖の部分は水になじみやすく、脂肪酸の部分は油になじみやすい性質を持っています。
そのため、水と油の間に入り込み、油を細かな粒として水の中へ広げることができます。
このように、水と油の境で働く物質を「界面活性剤」と呼びます。
洗剤やシャンプー、化粧品などにも使われています。
では、この酵母はどのようにソホロリピッドをつくるのでしょうか?
それには、まず、油に含まれる脂肪酸の端を、糖が結びつきやすい形へ変えます。
そこへブドウ糖を二つ付け、最後に細胞の外へ送り出します。
つまり、この酵母は、
油の一部に糖を付け、水にも油にもなじむ物質へつくり替えている
のです。
特に面白いのは、酵母が増殖するために必要な窒素が少なくなっても、糖や油が残っていると、ソホロリピッドの生産が続くことです。
細胞を増やせなくなったあとも、余った栄養を別の物質へ変えているのです。
天然の洗剤は、酵母の食料庫?
これほど多くの栄養とエネルギーを使って、なぜこの酵母はソホロリピッドを外へ放出するのでしょうか?
現在、有力と考えられている役割の一つが、食料の貯蔵です!
ソホロリピッドは、糖と脂肪酸からできているため、エネルギーを豊富に含んでいます。
S. bombicola は、栄養が少なくなると、外に蓄えていたソホロリピッドを再び取り込み、利用できます。
たとえるなら、食べ物が多い時期に保存食をつくり、食べ物が減ったときに食べ直しているようなものです。
しかも、この保存食は、ほかの微生物には簡単に利用できません。
それだけでなく、ソホロリピッドには、一部の細菌や酵母の増殖を抑える働きもあります。
つまり、自分は後から使える形で栄養を蓄えながら、競争相手には使わせにくくする。
人間にとっての「天然の洗剤」は、酵母にとって、自分の食料と居場所を守る物質である可能性があるのです。
廃油を価値ある素材へ変える
ソホロリピッドは、微生物がつくる界面活性剤の中でも実用化が進んでいるものの一つです!
洗浄剤や化粧品などに使われ、つくり方や分子の形を変えることで、水への溶けやすさ、泡立ち、油を広げる力などを調整できます。
さらに注目されているのが、原料です。
S. bombicola は、新しい植物油だけでなく、使い終わった食用油からもソホロリピッドをつくれます。
つまり、揚げ物などに使われた油を、別の洗浄成分へ変えられる可能性があります。
廃棄される油を、もう一度価値のある素材として使う。
これは、酵母を使った循環型のものづくりと考えることができます。
もちろん、酵母を使えば、必ず環境にやさしくなるわけではありません。
大量に培養するための電力や酸素、原料の処理、できた物質を取り出してきれいにする工程も必要です。
しかし、廃棄物から新しい素材を生み出す能力には夢を感じますよね?
おわりに
Starmerella bombicola(スターメレラ・ボンビコラ)がつくるソホロリピッドは、「糖の多い環境で余った栄養を蓄え、競争相手を抑え、自分の居場所を守る。」そのためにつくられています。
そして人間は、その物質を界面活性剤として洗剤や化粧品に利用しています。
微生物の産業利用とは、便利な物質をつくる菌を生み出すことだけではありません。
その微生物が、自然界でなぜその物質をつくるのかを理解することで、よりよい使い方や、新しいものづくりの方法が見えてきます。
次に洗剤で油汚れを落とすとき、その働きによく似た物質を、小さな酵母が自分の暮らしを守るためにつくっていることを思い出してみてください!
次回は、低アルコールビールの醸造に使われる酵母 Pichia kluyveri(ピキア・クルイベリ)を紹介します!
この酵母は、ビールの主な糖であるマルトースをほとんど使わないため、アルコールを低く抑えることができ、しかも、発酵を弱めるだけではなく、果実や花を思わせる香りもつくります。
「糖を使えない」という弱点が、なぜ新しいビールづくりの強みになるのでしょうか?
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参考文献
De Graeve M, De Maeseneire SL, Roelants SLKW, Soetaert W. Starmerella bombicola, an industrially relevant, yet fundamentally underexplored yeast. FEMS Yeast Research. 2018;18:foy072.
Van Bogaert INA, et al. The biosynthetic gene cluster for sophorolipids: a biotechnological interesting biosurfactant produced by Starmerella bombicola. Molecular Microbiology. 2013;88:501–509.
De Clercq V, et al. Elucidation of the natural function of sophorolipids produced by Starmerella bombicola. Journal of Fungi. 2021;7:917.
Wang H, et al. Study on the production of sophorolipid by Starmerella bombicola yeast using fried waste oil fermentation. Bioscience Reports. 2024;44:BSR20230345.
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