酵母の世界 No.3-2|Torulaspora globosa:土のリンを植物に届ける酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、果実の表面や傷口に先に住み、病原カビが増えにくい環境をつくる酵母、Wickerhamomyces anomalus(ウィッカーハモマイセス・アノマルス)を紹介しました。
今回も農業に関わる酵母です。
ただし、今回は作物を病原菌から守る話ではありません!
植物が栄養を使いやすくする酵母の話です。
植物を育てるとき、私たちは土に肥料を入れますよね?
窒素、リン、カリウムは、植物の成長に欠かせない代表的な栄養素です。
しかし、ここで少し不思議なことがあります。
土の中に栄養が「ある」ことと、植物がその栄養を「使える」ことは、同じではありません。
たとえばリンは、植物の根、細胞、エネルギー代謝に必要な重要な元素です。
しかし土の中では、カルシウムや鉄、アルミニウムなどと結びつき、植物が吸収しにくい形になっていることがあります。
そこで注目されているのが、根のまわりに暮らす微生物です。
今回紹介する Torulaspora globosa(トルラスポラ・グロボーサ)は、植物が使いにくいリンを溶けやすくする可能性を持つ酵母として研究されています!
肥料を使える形にする
農業では、リン肥料が重要です。
リンは、根の発達、花や実の形成、細胞内でのエネルギーのやり取りに関わります。
植物にとって欠かせない栄養素です。
しかし、投入したリン肥料のすべてを植物が吸収できるわけではありません。
土壌中でほかの成分と結びつくと、水に溶けにくくなり、根が吸収しにくい状態になります。
つまり、肥料を多く入れても、その一部は植物に届かないことがあります。
この課題に対して、微生物を利用する考え方があります!
土の中の難溶性リン酸を溶けやすくし、植物が吸収しやすい形へ変える微生物を使うのです。
このような微生物は、バイオ肥料や微生物資材の候補として研究されています。
T. globosa も、その候補のひとつです。
現時点では研究段階の酵母として、リン酸可溶化や植物成長促進の可能性が調べられている状況ではありますが、この酵母が示す視点は重要です。
農業で大切なのは、栄養を土へ入れることだけではなく、植物がその栄養を使える状態にすることも、同じくらい大切なのです。
根のまわりは、ただの土ではない
T. globosa が注目される場所は、植物の根のまわりです。
この領域は、根圏と呼ばれます。
根圏とは、根のすぐ周囲に広がる土壌のことです。
植物の根からは、糖、有機酸、アミノ酸など、さまざまな物質が外へ出ています。
これらは、土壌微生物にとって栄養や信号になります。
つまり根のまわりは、植物が物質を出し、それを利用する細菌や酵母が集まり、さらに微生物が植物に影響を返す、小さな生態系です。
T. globosa のような根圏酵母は、植物から出る有機物を利用して増殖し、その代謝を通じて周囲の土壌環境を変える可能性があります。
植物は、根だけで栄養を探しているわけではなく、根のまわりに暮らす微生物との関係の中で、使える栄養を増やしている場合もあるのです。
リンを溶かし、根の成長にも関わる
T. globosa の代謝で注目されるのは、主に二つです。
ひとつは、リン酸可溶化です!
リン酸可溶化とは、土の中で水に溶けにくくなったリン酸を、植物が使いやすい形へ近づける働きです。
微生物は糖を利用して増殖する過程で、有機酸などを外へ出すことがあります。
有機酸とは、酸性を示す小さな有機化合物です。
これらが周囲のpHを下げたり、カルシウムなどの金属イオンと結びついたりすることで、固定されていたリン酸が溶けやすくなります。
もうひとつは、インドール-3-酢酸、IAAの生産です!
IAAは、植物ホルモンであるオーキシンの一種です。
植物ホルモンとは、少量で植物の成長や形づくりに影響する物質で、IAAは根の伸長や側根の形成に関わります。
T. globosa は、条件によってIAAを生産することが報告されています。
つまり、この酵母は、土のリンを植物が使いやすい形へ変える可能性を持つだけでなく、根の成長そのものにも影響する可能性があります。
もちろん、これだけで作物が必ずよく育つとは言えません。
実際の効果は、植物の種類、土壌の性質、肥料条件、酵母の株、接種量によって変わります。
だからこそ、農業利用にはまだまだ検証が必要なんですね。
それでも、根のまわりで酵母が栄養の形を変えるという発想は、植物と微生物の関係を見るうえでとても面白い視点となりそうですね。
おわりに
Torulaspora globosa は、根のまわりでリン酸可溶化やIAA生産を示す酵母として研究されています!
この酵母を知ると、植物の栄養について少し見方が変わります。
土に栄養があることと、植物がその栄養を使えることは同じではありません。
根のまわりには、植物が出す物質を利用しながら、土の成分を変え、植物の成長に影響を与える微生物がいます。
農業で微生物を使うとは、植物に直接栄養を与えることだけではなさそうです。
植物が栄養を使いやすい環境を、根のまわりにつくることでもあるんですね。
次に肥料や土を見るとき、その中の栄養が「あるかどうか」だけでなく、植物が「使える形になっているか」を考えてみると、植物と微生物の関係が少し違って見えるかもしれません。
次回は、乳製品とバイオ生産をつなぐ酵母を紹介します。
その名は、Kluyveromyces marxianus(クルイベロマイセス・マルキシアヌス)です!
チーズをつくるとき、牛乳から固形分を取り出したあとに、ホエイと呼ばれる液体が残ります。
ホエイには乳糖と呼ばれる糖分が多く含まれていますが、一般的なパン酵母である Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ) は、この乳糖をそのまま利用することができません。
一方、K. marxianus は乳糖を分解して利用できる酵母です!
さらに、比較的高い温度でもよく育つ性質を持つため、食品発酵やバイオ生産の分野で注目されています。
次回は、乳製品の副産物を「余りもの」ではなく、発酵で活かせる資源として見せてくれる酵母、K. marxianus の世界を見ていきます!
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参考文献
Nutaratat P, Srisuk N, Arunrattiyakorn P, Limtong S. Plant growth-promoting traits of epiphytic and endophytic yeasts isolated from rice and sugar cane leaves. Fungal Biology. 2014;118:683–694.
Albertini J et al. Phosphate solubilization and indole acetic acid production by rhizosphere yeast Torulaspora globosa: improvement of culture conditions for better performance in vitro. 3 Biotech. 2022; 12: 262.
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