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酵母の世界 No.17-1|Wickerhamomyces anomalus:カビから果物を守る酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、私たちの皮脂に頼って頭皮に暮らし、ときにフケや脂漏性皮膚炎にも関わる酵母、Malassezia restricta(マラセチア・レストリクタ)を紹介しました。

今回の主役は、農業に利用できる可能性を持つ酵母です!

スーパーで見かける果物は、収穫された時点で完成した食品のように見えます。
しかし、収穫後も果実の細胞は生きており、その表面では微生物どうしの競争が続いています。

輸送中に果実へ小さな傷ができると、そこから糖やアミノ酸が漏れ出します。
病原カビにとっては、増殖を始める格好の場所です。

では、カビが入り込む前に、別の微生物を先に住まわせたらどうなるでしょうか?

その候補として研究されているのが、Wickerhamomyces anomalus(ウィッカーハモマイセス・アノマルス)です!
古い文献では、Pichia anomala (ピキア・アノマラ)Hansenula anomala (ハンゼヌラ・アノマラ)という名前でも登場します。

この酵母は、病原カビを一つの強力な毒で倒すわけではありません。

果実へ先に定着し、栄養と場所を使い、香りのように空気中へ広がる物質や、カビの細胞壁へ作用する酵素をつくる。
複数の小さな働きを重ねることで、カビが増えにくい環境をつくります。

では、

農業で微生物を使うとは、農薬を微生物へ置き換えることなのでしょうか?
それとも、作物表面に暮らす微生物の関係を組み替えることなのでしょうか?

そんな世界を見ていきたいと思います!


収穫後の果実を守る

果実や野菜は、畑を離れた後にも病気になります。

収穫や選別、輸送の途中でできた傷からカビが侵入すると、保存中に腐敗が広がります。
このように、収穫後に発生する病気を収穫後病害と呼びます。

代表的なのが、イチゴやブドウなどに発生する灰色かび、リンゴの青かび、トマトの黒斑病などです。

こうした腐敗は、見た目や味を損なうだけではありません!
販売できる食品の量を減らし、農家や流通業者の損失、さらには食品ロスにもつながります。

現在は、低温保存や包装、化学殺菌剤などを組み合わせて腐敗を防いでいます。
しかし、薬剤への耐性を持つカビの出現や、農薬使用量を減らしたいという需要から、生きた微生物を使う生物防除が注目されています。

生物防除とは、病原体の増殖を別の生物の働きによって抑える方法です。

W. anomalus は、果実や野菜、貯蔵穀物をカビから守る生物防除酵母の候補として研究されています!
そしてイチゴ、トマト、リンゴなどで、病原カビの増殖や腐敗を抑えた例が報告されています。

ただし、現時点でこの酵母が農薬の代わりとして広く普及しているわけではありません。

実験室や保存試験では効果が得られても、実際の農業現場では温度、湿度、果実の種類、傷の状態、酵母やカビの量によって結果が変わります。
また、生きた酵母を製品にするには、保存中に死なないこと、散布後に果実へ定着すること、毎回安定した効果を示すことも必要です。

それでも、この酵母が示す考え方には大きな意味があります。

病原カビが増えてから殺すのではなく、カビが侵入する前に味方となる微生物を配置する。

これは、収穫後病害を防ぐ新しい選択肢になり得ると考えらています。

果実の傷口で起こる場所取り

W. anomalus は、果実や花、植物表面、土壌、穀物、発酵食品など、幅広い環境から見つかる酵母です。

果実の表面は、見た目ほど微生物にとって暮らしやすい場所ではありません。
乾燥しやすく、温度変化にもさらされ、利用できる栄養は限られています。

しかし果実に傷がつくと、内部から糖やアミノ酸が漏れ出します。
そこは、病原カビにとって発芽して増殖を始める入り口になります。

ここで W. anomalus が先に傷口へ定着すると、カビが必要とする栄養や場所を先に使うことができます。

これは、相手を直接殺す攻撃とは少し違います。

先に席に座り、食べ物も使ってしまうことで、後から来たカビが増えにくくなるのです。

このような栄養と空間をめぐる競争は、生物防除酵母が病原カビを抑える基本的な仕組みのひとつです。

つまり、W. anomalus が果実を守る主な力は、カビを攻撃するではありません。

病原カビより早く増え、その場所に残り続けられること自体が、重要な防御になるのです。

先に食べ、香りを放ち、細胞壁を壊す

W. anomalus は、複数の方法で病原カビの増殖を抑えます。

第一の方法は、先に栄養を利用することです。

傷口から漏れ出した糖やアミノ酸を酵母が消費すると、病原カビが発芽および菌糸を伸ばすための栄養が少なくなります。

第二の方法は、空気中へ広がる物質をつくることです。

酵母は糖やアミノ酸を代謝する過程で、アルコールやエステルなど、蒸発しやすい物質をつくります。これらは揮発性有機化合物と呼ばれます。

たとえば、一部の W. anomalus 株は、バナナのような香りにも関わる酢酸イソアミルを生産します。
こうした物質は、酵母とカビが直接触れていなくても、カビの胞子発芽や菌糸の伸長を抑える可能性があります。

人にとっては香りに感じられる物質が、カビにとっては増殖を妨げる環境になるのです。

第三の方法は、カビの細胞壁へ作用することです。

カビや酵母の細胞は、β-グルカンやキチンという糖の鎖を含む丈夫な細胞壁で囲まれています。
これは、細胞の形を保ち、内部の圧力に耐えるための骨組みです。

一部の W. anomalus 株は、β-グルカンを切断するグルカナーゼという酵素を分泌します。
これによって、病原カビの細胞壁が弱くなる可能性があります。

さらに、一部の株はキラートキシンをつくります。

キラートキシンとは、感受性のあるほかの酵母や真菌の増殖を抑えるタンパク質性の物質です。
なかには、細胞壁のβ-グルカンへ結合したり、グルカンを分解したりするものもあります。

先に定着すること、栄養を奪うこと、揮発性物質をつくること、細胞壁を破壊すること。
これらが組み合わさることで、病原カビが増えにくい状態がつくられるのです。


おわりに

Wickerhamomyces anomalus(ウィッカーハモマイセス・アノマルス) は、果実表面や傷口に定着し、病原カビと場所や栄養を競う酵母です。

さらに、揮発性物質、細胞壁分解酵素、一部の株ではキラートキシンなどを使い、複数の方向からカビの増殖を抑えます。

この酵母を見ていると、生物防除が単なる「天然の農薬」ではないことが分かります。

農薬の有効成分を微生物がつくる物質に置き換えるだけではありません。
病原カビより先に味方の酵母を住まわせ、栄養や場所をめぐる関係そのものを変える技術でもあるのです。

農業で微生物を使うとは、自然界で起きている競争や共存の仕組みを、人間が見つけ直し、利用することなのかもしれませんね。

果実を守る方法は、病原菌をすべて殺すことだけではなさそうです。

私たちが作物を守るとき、本当に必要なのは、より強い殺菌力なのでしょうか?
それとも、病原菌が増えにくい生態系を先につくることなのでしょうか?


次回は、植物の根のまわりで働く酵母を紹介します。

その名は、Torulaspora globosa(トルラスポラ・グロボーサ)

植物は、土に栄養があれば、そのまま吸収できると思われがちです。
しかし、土の中の栄養であるリンは、植物が使いにくい形で存在していることがあります。

T. globosa は、そのリンを溶けやすくし、植物が利用しやすい形へ変える可能性がある酵母として研究されています!

さらに、根の成長に関わる植物ホルモン様物質をつくることも報告されています。

次回は、肥料を「入れる」だけでなく、植物が栄養を「使えるようにする」酵母の世界を見ていきます!


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参考文献

Lanhuang B, et al. Efficacy of the yeast Wickerhamomyces anomalus in biocontrol of tomato gray mold caused by Botrytis cinerea. Microorganisms. 2022;10:447.

Oro L, Feliziani E, Ciani M, Romanazzi G, Comitini F. Volatile organic compounds from Wickerhamomyces anomalus, Metschnikowia pulcherrima and Saccharomyces cerevisiae inhibit growth of decay causing fungi and control postharvest diseases of strawberries. International Journal of Food Microbiology. 2018;265:18–22.

Padilla B, Gil JV, Manzanares P. Challenges of the non-conventional yeast Wickerhamomyces anomalus in winemaking. Fermentation. 2018;4:68.
DOI: 10.3390/fermentation4030068


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